伊丹直喜さんインタビュー

現在パーク24株式会社に所属する柔道選手髙藤直寿選手の付き人を務めている伊丹直喜さん。自身も大学時代まで柔道家で学生時代から髙藤選手の付き人を務めていました。大学卒業後は、大学院に通いながら付き人を続け、現在では、髙藤選手が所属するパーク24の契約社員になり、専業付き人として従事しています。専業付き人と言う道を切り開いた第一人者でもあります。なぜ、付き人を始めたのか、髙藤選手との関係性やこれからの目標、未来の柔道界への展望を語って頂きます。



―――はじめに、そもそも付き人とはどのような仕事なんでしょうか?

伊丹 柔道界では、付き人と呼ばれる裏方スタッフが居ますが、最近ではパートナーと言う呼び方が普及してきています。そんな中で、私はパーク24に所属している髙藤直寿選手の付き人を務めています。仕事内容は、主に柔道に対する全てのサポートです。スケジュール調整、練習や試合合宿にも帯同します。また、トレーニングも一緒にこなし、こうした方が良いのではないかというコーチ的な役割も含んでいます。要するに「畳の外」であっても柔道に関する全ての事柄をサポートすると言うイメージです。付き人は、通常は、チームメイトなどがこなすことも多いのですが、私自身は、髙藤選手の所属するパーク24株式会社に契約社員と言う形で契約して専業付き人として、これを仕事にしています。選手たちは、正社員として柔道部に在籍するとともに人事部や経理部といった部署にも配属されているため、出社してオフィスで仕事をすることもありますが、私自身は、髙藤選手に関わること、サポートすることが業務なので何時に出社してと言う一般的な会社員のような勤務スタイルとは、異なります。そのため、オフ以外は、ほとんど一緒に過ごしています。また、付き人を仕事にしたのは、知っている中では私が初めてです。

伊丹直喜



―――付き人を仕事にした第一号であるとのことですが、そもそも何故付き人をやることになったのですか?

伊丹 髙藤選手との付き合いはとても長いです。道場は違いましたが、柔道の合宿などで顔を合わせることもあり、幼い時から知っていました。中学からは同じ学校で、学年は私の方が1つ上ですが、昔からの知り合いなので仲は良かったです。当時は、私も現役の選手でお互いの打ち込みパートナーでした。それもあって、一緒に行動することも多かったです。高校時代から髙藤選手が大会に行く時の付き人を務めるようになり、それが付き人の始まりです。
付き人は「双方向」的な関係が多く、大学時代までは、私が大会に出場する時には私の付き人を髙藤選手が務めて、その反対に私も髙藤選手の付き人を務めるという形でした。一般的には、打ち込みパートナーが付き人を務めることが多いため、当然付き人自身も選手ということになります。

伊丹直喜



―――最初は、「双方向」な関係だったとのことですが、いつから「選手と付き人」という関係になったのでしょうか?

伊丹 中学の時から、いつか髙藤選手を倒してやる、と思って柔道をしていました。しかし、髙藤選手が高3の時に講道館杯という世代関係ない全国大会で2位になり、一気に遠い存在になってしまいましたし、その時初めて心の底から髙藤選手の活躍が嬉しく思いました。それと同時に、選手として同世代の同階級の選手の勝ちを喜ぶのは、どうなのかなとも思い始めました。
そこから、大学在学中は私自身も大会に出場しながら髙藤選手をサポートしていました。大学卒業後は選手を引退したことにより、「双方向」と言う形ではなく「選手と付き人」と言う形に固定されました。昨年からは、髙藤選手が所属しているパーク24株式会社から専属で付き人をやらないかというお誘いを受けたので、現在は仕事としてやらせて頂いています。私個人としては、大学卒業後に大学院に進学し、そこを卒業して更に別の大学院に進学しました。しかし、仕事をしながら付き人を続けるのは難しいため、今は大学院を休学しています。現在は、私の他にも同じように専属で付き人をやっている人がパーク24にはいます。



―――現在は専業としてやられているわけですが、この付き人と言う仕事のやりがいや大変なことなどはありますか?

伊丹 髙藤選手が勝つことが何より嬉しいのですが、それ以前に私が髙藤選手と柔道をやれること自体が楽しいです。私自身も長年柔道をやっていましたが、柔道が好きだったわけではありません。そんな時に柔道の楽しさを教えてくれたのが髙藤選手でした。そして、髙藤選手より強くなるという夢をくれたのも、その夢を破ったのも髙藤選手です。
大変さという面では、時に厳しいことを言わなければならないことです。人間関係の上で言うならば、付き人に限らず厳しいことを言わないに越したことはないと思います。ただ、髙藤選手クラスの選手になると、なかなか周りに注意してくれる人がいませんが、髙藤選手にとって耳が痛いことでも、敢えて言わなければなりません。できれば言いたくないというのが本音です。しかし、勝つためには言わなければいけませんし、私の役目だと思っています。



―――時には厳しいことも言わなければいけない立場というのは、確かに大変ですね。そんな中、髙藤選手に接する上で気を付けていることはありますか?

伊丹 体や心のモチベーションのサポートです。特に、減量では疲労度が高まりますし、モチベーションは普段から多少の変動があります。しかし、そういったものは、数値ではっきりと表れるわけではありません。普段の会話から読み取る必要があります。
また、海外選手のことも詳細に研究していますが、髙藤選手には内容を選別して伝えています。インプットしているたくさんの情報全てを伝えても、考えさせ過ぎてしまうからです。そのため、必要なことだけを伝えるようにしています。自分自身がインプットしたことを100とした場合、髙藤選手に伝えるのは、そのうちの1か2と言った程度です。大事なことを簡潔に伝えるのが重要です。



―――付き人としての最高の経験は何ですか。また、伊丹さんから見た髙藤選手はどんな選手ですか?

伊丹 単純に試合に勝つ度に嬉しいです。今の髙藤選手は追われる立場なので、勝って当たり前と思われています。しかし、相手はもちろん、髙藤選手自身のコンディション等も毎試合異なるため、都度しっかり準備をしなければ、勝つことは簡単ではありません。そのため、1つ1つの試合で勝てることが嬉しいです。 私から見た髙藤選手はどんな選手か?と言う質問をよくされるのですが、高校時代は答えに困っていました。でも、今はっきりと言えます。「柔道IQの高い選手」です。髙藤選手は、決して技がきれるわけでも、体がゴツゴツしているわけでもないのに勝つことができるのは、自分にできることは何かということを考え抜き、それをコンスタントにできるようになるための方法を探り、愚直にやり続けているからです。加えて、相手に対して何が効いて、何が効かないかということを見抜く精度がずば抜けて高いです。こういった点が「柔道IQが高い選手」と認識している理由です。
そして、未だに少年のように柔道が好きな人です。普段の会話も柔道ばかりですし、試合も本当に楽しそうです。それも強くなる秘訣なのかと思います。だからこそ、私も情報収集し続けないと会話が続きません。私自身も髙藤選手から柔道オタクと呼ばれています。私から見れば髙藤選手こそ、柔道オタクだと思っています。

伊丹直喜



―――深い関係性があるからこそできる仕事のようですね。「職業としての付き人」第一号ということで、ある意味変革をもたらしたと言えるかもしれませんが、今後柔道界がどのように変化していけば発展していくと思いますか?

伊丹 指導者の重要性を高めていってほしいと思っています。柔道界では、強い選手は引退したらコーチになる流れになっています。もちろん中には素晴らしいコーチもいるのですが、強さ=指導者としての適性というわけではありません。強くても、指導者には向いてない人もいます。その逆もあると思います。強い選手が引退したらとりあえずコーチというのではなく、指導者は、指導者として的確な養成を受けた人がやるべきなのではないかと思います。 柔道はプロチームがあるわけではないので、そういった裏方の仕事にお金を払ってプロ契約するというのは、現状では難しいと思います。今後、コーチや付き人だけに限らず、裏方の市場価値が高まってくればいいなと思っています。そのためには、今いる数少ない「職業としての付き人」である私自身の成果を示すことは重要になってくると思っています。



―――東京五輪が延期になりました。

伊丹 東京五輪の延期については、特にケアはしていません。東京五輪の事案に関しては、私や髙藤選手の意思でどうにかできるような問題ではありません。決められたことに従って、万全な準備をしていくしかありません。今は、東京五輪に向けてとにかく頑張るというだけです。



―――東京五輪まで約1年ですが、髙藤選手が負けた前回大会のリオデジャネイロから前向きになれたのはなぜですか?

伊丹 私自身がリオデジャネイロ五輪の結果に飲み込まれてしまいました。特にかけられる言葉がなくて、自分の無力さを感じました。髙藤選手はそう思っていないかもしれませんが、私のせいで負けてしまったと思っています。それでも翌日、「東京(五輪)までお願いします」と連絡が来たので、私自身もまた覚悟しなきゃ、前を向かなきゃと思っていたのですが、柔道へのアレルギーが出て体が拒絶反応を示してしまいました。 そんな状態が続いていた中、髙藤選手はリオデジャネイロ五輪後に開催されたグランドスラムで決勝までいきました。決勝では負けてしまいましたが、髙藤選手が戦っている姿を見て、やっぱり柔道は面白いと思いました。その試合の日が、リオデジャネイロ五輪後の私のターニングポイントです。



―――髙藤選手の引退後のことは、どのように考えているのですか?

伊丹 私は器用ではないですし、特別能力が高いわけではないため、2つ3つのことを同時にはできません。そのため、今は正直なところ、東京五輪以外のことは頭にありません。今の目標は、とにかく東京五輪で金メダルをとることです。それ以外のことは、あまりイメージがわかないです。

伊丹直喜



―――これから付き人としてどういう存在でいたいですか?

伊丹 こういう立場でありたい、というのは特にありませんが、髙藤選手がうまくいっている時は、私の存在を忘れてくれていて良いと思っています。逆に、髙藤選手が苦しんでいる時に求めてもらえる存在になりたいですし、そういう時こそが私が真価を発揮するときだと思っています。

伊丹直喜



伊丹直喜(いたみ なおき)・・・1993年1月26日生まれ。神奈川県出身。パーク24株式会社所属。
東海大学付属相模中学校 → 東海大学相模高等学校→東海大学理学部数学科 → 東海大学大学院体育学研究科修士課程 → 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程(休学)