熊野陽人さんインタビュー

関西福祉大学社会福祉学部の専任講師をしていらっしゃる熊野さん。それ以外にも、日本陸上競技連盟、実業団選手の専任コーチと3つのフィールドで活躍されている。今回は、熊野さんがコーチになられた経緯やその中での経験、どのようなことを考えながらコーチとしての活動をされているかをお伝えします。

熊野陽人



―――現在行われているお仕事の内容について教えていただけますか?

熊野 大学教員(大学陸上競技部コーチも務める)と陸上競技のコーチ、2つの軸でお仕事をしています。大学教員としては専門であるコーチング領域の授業を担当しています。また、跳躍種目のパフォーマンス向上に関する研究をコーチング学的な視点から行なっています。2020年東京オリンピックが決まった頃に日本陸上競技連盟の強化委員会に入りました。現在は女子走幅跳の強化スタッフとして活動しています。それと同時に、実業団選手の専任コーチも務めるようになりました。今までに4名、現在は2名の選手の指導をしています。大学、日本陸上連盟、個人で専任コーチの3つのフィールドで活動しています。

熊野陽人



―――専任コーチとして異なる企業の選手を指導されているようですが、同時期に企業間をまたいで選手へ指導することは陸上界ではよくあることなのでしょうか?

熊野 あまり前例のないことだと思います。一番多い時で同時に3社の企業の選手をみていました。性別も所属も違う選手がコーチを介して1つのチームとなり活動すると言うのは今までになかった。
 そもそも日本では大学を出たら自立し、選手だけでやっていく。指導者のもとでという文化があまりなかった。例えば大学を卒業した選手が誰かにトレーニングをみてもらおうとすると、自分が所属していた大学に帰り、恩師に指導してもらうのが通例でした。そのうえ日本特有だと思いますが、スポーツの指導に対して対価を払う文化が定着していない。

熊野陽人



―――熊野さんのケースでは、どのように対応なさっているのでしょうか?

熊野 指導をする際、施設使用や移動、宿泊などの諸経費が発生します。そのため、複数名同時にNTC(ナショナルトレーニングセンター)で練習を行う時や、1つの試合に複数の選手が出場した際に出る費用の折半の枠組みをまず作らなければなりませんでした。私が関西に異動してきてからは、関東にいる選手に対する遠隔の指導もありますし、毎週私がNTCに行き指導を行っています。移動の経費も大きく発生しますし、拘束時間も長い。それに対し企業側も対価を支払わないのはあり得ないと言うことになり、各選手と契約を交わし、企業間でも経費に関する取り決めを行いました。



―――熊野さんのような活動形態が一般的になっていくと、所属にとらわれず受けたいコーチに指導を受けられる。コーチだけでなく選手にとっても環境の変化や発展が期待できますね。

熊野 一度枠組みや前例ができれば、それに追随するのはそんなに難しいことではない。近くにいないと指導できないという考えは捨てて、選手が望む環境で指導を受けられると言うことがもっと浸透していけばいいなと思います。実際に同じような形態を始めようとしている人はいます。何度か他のコーチに選手や企業との契約やシステムを聞かれたことがあります。



―――少し話は変わりますが、大学教員という立場で陸上に関わり続けることに至った経緯を教えていただけますか?

熊野 植田先生(現 東海大学体育学部教授)との出会いが一番大きい。最初の師匠、コーチとしてのモデルになった方です。大阪教育大学に通っていた3年生の冬に、友達を通じて東海大学の陸上部で練習をさせてもらえることになりました。その時まで跳躍専門の指導者に教えてもらった経験がなく、植田先生にお会いして、植田先生のもとで自身の競技力を伸ばしたい、もっと陸上のことを知りたい、と思い東海大学の大学院に進みました。ただ東海大学にきてみたら、周りにすごい選手がたくさんいて彼らには勝てない。自分も伸びないと思っていたところで、植田先生から「アシスタントコーチをやってみないか」と言われました。大学院1年生の冬からきっぱりと選手をやめ、指導者として活動を始めました。そのうちに、やはりコーチングは面白いと思い始め、大学の先生になりたいと思い博士課程に進みました。大学の陸上部では、教員が指導者を務めることがほとんどです。陸上の現場にいるために学位をとり、大学教員を目指しました。あくまでもコーチでありたい、自分のコーチングのブラッシュアップの一環として研究も続けています。



―――指導者になってからのやりがいを教えてください。

熊野 一筋縄でいかないことを工夫していくという楽しさに尽きます。自分の能力よりも、人の能力を上げる方が難しい。自分であれば必要だと思ったトレーニングをすぐに実行すればいい。しかし、他人の場合は本人がやる気や必要性を感じなければいけない。怪我をしないよう配慮させることも大切です。
 発育発達途中の年代では、誤解を恐れずにいうと、トレーニングをきっちりやれば結構伸びる。私が大学を対象としたのは、やっているトレーニングの効果があるかないかがシビアに出てくるから(コーチの力量がダイレクトに問われるから)。さらに言えば、競技レベルが高くなればなるほど記録1センチ伸ばすために4、5年またはそれ以上の長い時間がかかることもある。そういうところにチャレンジするのも面白いなと思います。



―――海外でのお仕事も多くあるとお聞きしました。

熊野 陸上を通じて海外と頻繁に接点を持てていますね。陸上競技連盟の代表チームの遠征などで色々な場所へ行くとこで様々な国のコーチと知り合いになり、毎日のように情報交換をしています。コロナを心配して色んな国の指導者が一斉に連絡をくれるなど、陸上競技をやっていなかったらできなかったネットワークがたくさんできました。

熊野陽人



―――それらの経験やつながりがタイ陸上競技連盟での指導にもつながったということでしょうか?

熊野 そうですね。タイ陸上競技連盟から講師として日本人で初めて招待していただき、5日間の指導者講習会を行いました。直前まで講習内容の連絡がこないなど無茶振りもありましたが、結果的にとても楽しかった。その時に、なぜ今まで日本人を呼んだことがなかったのか疑問に思い質問をしたところ「若手でドクターを持っていて、強化のコーチをやっているのが珍しい。ただ何よりも、英語で会話を積極的にしようとするコーチがいなかった」と言われました。学位や言語など努力でどうにかなることだった。今までの頑張りのおかげでチャンスをもらえ、やってきたことが身を結び始めていると実感しています。



―――指導をする上で大切にしていることを教えてください。

熊野 陸上はどこまでがフィジカルトレーニングで、どこまでがスキルのトレーニングなのかを分けられないという特徴があります。そのため、本当は両方の知識がないと上手にパフォーマンスを上げられない。日本には、圧倒的な体力差は埋められないから、技術で勝負しようという発想が根強く残っています。私自身跳躍種目はフィジカルの種目だと思っているので、ストレングス&コンディショニングコーチに負けないくらいの理論的な知識やノウハウを蓄積し、その観点から陸上のスキルを作っていかないといけないと思っています。
 人の能力を高めるという点では、どの種目でも根本的には変わらないと思います。ですので、陸上だからという考えではなく、人間の根本的な体力を高めるという視点をなくさないようにしています。最近では色々な種目から指導して欲しいと声をかけていただくことも増えました。



―――例えばどのような種目で指導を行われたのでしょうか?

熊野 バレーボールのチームからジャンプトレーニングをして欲しいと声をかけていただきました。バレーボールに関わって初めて知ったのですが、バスケやバレーボールはたくさんジャンプをする競技であるにも関わらず、ジャンプを専門に指導する指導者がいなく、ジャンプ系のアプローチをほとんどしていない。ジャンプをしっかりとトレーニングしたら、トップアスリートの競技力ももっと上がるのではないかと思います。
 陸上は走る・投げる・飛ぶというとても原始的な運動です。自分の体力を高め、体の使い方を突き詰めていく。他の種目に応用できることはたくさんあります。ジャンプトレーニングのDVDを出すお話をいただくなど、陸上ではないフィールドも増えつつあります。自分でも予想していなかったことで、そういった需要があるのは面白いですね。

熊野陽人



―――陸上のコーチとして一番の経験や瞬間を教えてください。

熊野 選手ごとに思い出が沢山あって一番を決めるのは難しいですが、、、今指導している、男子三段跳の選手が去年国体で優勝しました。順風満帆というわけではなく、すごく苦しいドン底から復活できたというのは嬉しかったですね。
 彼は高校生の時から強くて、日本の高校記録を持っている。一度世界陸上にも出場しています。大学卒業を機に、大学を離れてコーチも変えることになった。本当に大変でした。選手にとって拠点や指導者を変えるということは本当にデリケートな部分です。色々な人のたくさんの想いが交錯する。でも本人は私とやりたいといってくれました。
 2018年から彼の専任コーチを務めています。その年の国体も勝ったのですが、あまり振るわないシーズンでした。さらに海外の試合で失敗してからスランプに陥り、日本選手権では順位も記録も低迷してしまった。
 ただ、自分たちがやってきていることは絶対に間違っていないと二人で思ってずっとやってきていた。そんな中、2019年シーズンの最終戦の国体で、自己ベストにあと2センチという大ジャンプ、しかも大会新記録で復活優勝をした。その時が今までで一番嬉しかった。
 今まで本人が苦しい思いをしながらずっと頑張って、二人でブレずに続けてきて、本当に自分たちのやっていることがどうかという判断をしなければならない瀬戸際のところで良い結果をつかめた。自分たちが信じてやってきたことが間違っていなかったと思えるのがやはり嬉しいですね。
 ただ、全てをお話できないくらい本当に大変でした。トップアスリートに関わるのは華々しいように思うが、彼らがパフォーマンスを向上させていくプロセスは本当に大変です。本人たちが苦しい部分も本当にたくさんある。そういったスポットライトの当たらない部分で様々なことがあるなというのは痛感しました。他の選手や、他の種目の選手を見るときの見方も変わりました。

熊野陽人



―――これからのスポーツ界に期待したいことはありますか?

熊野 日本はもっとコーチ教育をしなければならない。コーチ教育とは、コーチング業務の規定から、コーチングするとはどういうことかという哲学も含めたものです。例えば海外の大学では、他大学のチームの選手にアドバイスをしたらペナルティがつく。これはコーチングのテリトリーというものがはっきりしているからです。日本にはコーチングのテリトリーに関する概念がほとんどない。そのため様々な人が好きなことを好きなように発言することがある。選手に対するアドバイスや指導の責任、影響を理解することや、コーチとアスリートの関係の整理など、コーチが行う全てのことに関する事柄を教育し、明確にしていくことが大切です。それがなされると、コーチが職業として成り立ち、スポーツ界はもっと発展してくのではないかと思います。そのための1つの方法として、コーチ資格の整備も大切なことですね。



―――最後に、コーチングのフィロソフィーを教えてください。

熊野 コーチという視点だけですと視野が狭くなることがある。選手だったら、所属している企業だったらなど、1つの物事を考えるときに様々な立場や観点から考え判断していくようにしています。また選手をよくすると考えた時、選手に対するアプローチの手法や手段に考えがフォーカスされがちになる。そういった場面で多角的な視点で物事を見るためには、常に自分をアップデートし、自分の幅を広げ続けるということ。そうしないと、自分のコーチングはうまくいかないだろうと思っています。



熊野 陽人(くまの あきひと)・・・
関西福祉大学社会福祉学部 専任講師。同大学陸上競技部コーチ。 博士(体育学)
・日本陸上競技連盟強化委員会
  女子走幅跳オリンピック強化スタッフ
  女子跳躍・七種競技コーディネーター
・山本凌雅(日本航空株式会社、三段跳 PB:16m87) 専任コーチ
・清水珠夏(城北信用金庫、走幅跳 PB:6m48) 専任コーチ