インタビュー

谷口耕輔さんインタビュー

公益財団法人岐阜県スポーツ協会 御嶽濁河高地トレーニングセンターでアスリートへの医・科学的なサポートをされている谷口耕輔さん。「スポーツサイエンティスト」という選択肢があること知って欲しい、これから重要な人材になっていくなど、高地トレーニングについての様々な現状を語ってくださいました。

―――お仕事の内容を教えていただけますか?

谷口 岐阜県スポーツ科学センターの研究員として、同じ組織の中にある御嶽濁河高地トレーニングセンターに派遣されています。この御嶽の施設には4月から10月まで住み込みで常駐しています。ここは飛騨御嶽高原高地トレーニングエリアと言われ、ナショナルトレーニングセンター(NTC)の高地の拠点として指定されています。さまざまな競技のナショナルチームの選手が合宿に来ることが多いです。その選手を対象に医・科学的なサポートをさせて頂いています。御嶽濁河高地トレーニングセンターとして岐阜県の選手の競技力向上のサポートも行っています。
 選手のコンディションチェックが主な仕事です。具体的には起床時の血液と尿を選手に提出していただき、様々な分析を行います。高地という特殊な環境での体調の変化を内科的に詳細に把握し「見える化」します。それを選手にフィードバックし、トレーニングのボリュームや強度に落とし込んでもらう。そういったサポートをしています。

―――日本のトップレベルの選手のサポートとなると、サポートの制約なども多いのでしょうか?

谷口 その点は、結構自由にやらせて頂いています。私ともう1人研究員が配属されていますが、基本的には自分たちで考えてサポート内容を決めています。「プラスアルファどうしようか?」など、競技団体とやりとりをして決めたりもします。自由で楽しく、「選手のためにできることをどんどんやっていこう!」という感じです。

―――アスリートのサポートをする中でのやりがいを教えてください。

谷口 今まで選手自身が感じられなかったこと、把握できなかったことを提供できるところですね。選手は「頑張る」、「とにかく一生懸命やる」ということがベースです。その上で「ここは休んだほうがいい」、「次のここでは頑張ったほうがいい」と正しい努力に繋げられる。ただデータを渡すだけでなく、今やっていることがどういう方向に向かっているのかを理解してもらった時にやりがいを感じます。
 私が選手のサポートを行うのは、10日〜2週間程度の合宿というスポットの期間です。それ以外の期間ではできないことが多い。ただ、そこでやったことがその後も続いていきます。次の年選手が来た時に、それが継続されていてコンディショニングに活かされているというのはすごく魅力があるなと思っています。365日選手を想っているスタッフの方々には及びませんが、少しでもその歯車のひとつとして貢献できた可能性があるんじゃないかと思う時にもやりがいを感じます。

パラトライアスロンナショナルチーム御嶽合宿時における測定サポートの様子
―――アスリートに関わる上で大切にしていることはありますか?

谷口 アスリートのためであれば、何でもやろうと思っています。科学者としてのスタンスを崩してはいけませんが、現場でサポートする上で取っ付きにくく、何か聞きたいのに聞けないという存在ではいけないと考えています。チームの一員に入りたいと思っていますし、そのために何でもやっていこうというスタンスです。例えば、ボール拾いをする、練習を見ている中で少し選手に声かけをするなどします。科学者だけでなく、教育者でもいなければいけませんし、やる気を出させるなど色々な側面があると思います。合宿が終わり帰る時も選手と一緒に盛り上げたり、そういうところはすごく大切にしようと思いながら選手と関わっています。
 また合宿というスタイルなので、食事を取ったりなど普段の生活の中での選手も目にします。それに寄り添い、顔の表情とか、科学的ではありませんが、私たちが取っているデータと何かリンクするかなども大切に見ながら仕事をしています。


パラトライアスロンナショナルチーム御嶽合宿時における測定フィードバックの様子
―――今のお仕事をされるまでに、どのような道を進まれてきたのか教えていただけますか?

谷口 「スポーツ現場で働きたい」と漠然と中学生の頃から思っていました。ストレングスのトレーナーに興味を持ち、三重大学に進むことになりました。そこで今も師匠と慕っております、現在は日本体育大学にいらっしゃる杉田正明先生の研究室に入らせて頂きました。杉田先生がスポーツの現場でスポーツ科学を活かしてサポートを行うところを拝見し、肌で感じ、自分も同じ分野で活躍したいと思い7年間杉田先生のもとで修行させて頂きました。
 修士課程が終わったところで、研究職に興味を持ちつつも、高校の教員になろうかと考えていました。そのタイミングで杉田先生から「御嶽のエリアでこういう仕事があるからどうだ?」と声をかけて頂きました。たまたま高校の教員の試験には落ちてしまって、どうしようかなという時に先生が考えてくださって、「博士でも面倒見るぞ」と言って頂きました。本当に感謝しかありません。
 はじめは博士課程で研究をしながら、非常勤という形で御嶽エリアに来ていました。金土日とサポートの仕事をして大学に戻り、研究をするという生活です。大学の教員になりたいという思いもありますが、「研究もツールとして使っていきたい」、「スポーツの現場でスポーツ選手に対して何ができるかな」と思っていましたので、キャリアの最初として選ばせて頂きました。ATなど外傷を外から見る人はいますが、血液検査など内科的な部分から選手の状態を読み解いて現場で伝える人はなかなかいません。私は、現場でそれができる人になりたいと強く思っています。

―――谷口さんのような立場でお仕事されている方は少ないということですね。同じ研究分野や高地トレーニング、低酸素トレーニングの現状などについても伺いたいと思います。

谷口 今は高地トレーニングよりも低酸素トレーニングの方が流行っています。JISSでも低酸素トレーニングのグループがありますし、研究としてかなり進んでいます。一方で、実際に標高の高いところで行う高地トレーニングをやっている人が少なくなってきています。10〜20年前はとても盛んでした。私のように現場で働き、研究としてもデータが取れるという環境にいるのは、日本では本当に少ないと思います。それは私の強みですね。
 高地トレーニングと低酸素トレーニングは同じような効果が得られます。簡便かつどこでも実施できるといった点から、低酸素トレーニングは実施のしやすいトレーニングのため、低酸素トレーニングが発展しています。ただ、選手が高地での合宿を行う際には、高地でのトレーニングの効果を高める方法であったり、それに関わるコンディショニングをしっかり見られるというメリットがあります。そう言ったところの研究を日本の高地エリアを使ってできることが、これからのスポーツの発展にも繋がると思います。私自身もサポートと研究を両立させられたらなと思っています。

―――サポートと研究を両立されるのはなかなか大変なのでは?

谷口 とても難しいですね。私どもの組織は現場でサポートすることがメインです。選手は合宿に来ていて、測定をしに来ているわけではありません。やはり、データを取るだけのために選手に協力を頂いて測定するというのは難しいですね。
 両方やりたいという思いは強い一方、「中途半端なんじゃないかな?」という葛藤もすごくあります。現場でやっていることを研究として落とし込むのはとても難しいですし、「それって研究なの?」と言われると研究じゃないかもしれないと思う時もあります。サポート中に出会う事象に対して、本当にどうなのかがわからないところもあります。それをどう研究としてできるのかなど、答えがまだわからないです。もどかしいし、難しいなって思います。

―――研究と現場の架け橋のような立場でいらっしゃる。人材としてとても貴重な存在ですね。

谷口 研究と現場の間に立つ人は、これからもっと重要な人材になると思っています。例えば、チームに科学スタッフがいれば、データを提供するだけでそれをチームに展開し活用してくれる。いない場合は自分がそこにパッと入って伝える。それをする時、きっちりとデータを取る仕事をした上で、データを伝えただけでは伝わらない部分をどう伝えていくかという能力が必要になります。複数の立場で動いているような感覚はありますね。

―――今までサポートをされてきた中での最高の経験や感動した経験を教えてください。

谷口 ある実業団の陸上長距離チームのサポートをさせて頂いています。その選手たちが日本選手権に向けてこちらで合宿をしていました。平地に降りてからも、試合までの期間もずっとデータを取らせて頂いていました。データを分析し、「こうなったら理想的、結果が出せるだろう」などと本人にもチームにもお話ししていました。その中で、私の見立てがバチっとはまり全日本選手権で優勝したんです。その瞬間はすごく感動しました。選手が結果を出せたことはもちろん嬉しいですし、その時のチームスタッフの表情や優勝を狙って優勝できたということを肌で感じさせてもらうことができました。私たちのサポートを医・科学的サポートをツールの1つとして使い、最高のパフォーマンスを出せたという一例を見られたこともすごく良かったです。全体像の中で自分の位置を把握し、私たちのサポートをどう使ってもらうことが必要かということも感じられる経験でした。

―――パラサイクリングの強化スタッフとして世界選手権に帯同されたと伺いました。その時の経験をお話しいただけますか?

谷口 パラサイクリングのナショナルチームがこの御嶽に合宿に来ました。その後、私は運動生理の分野でチームに入れてもらい、世界選手権にも連れて行ってもらいました。いろいろなデータをとりながら世界を見た時に、日本の世界とのレベルの差を感じました。「そこをどう埋めることができるのか、自分の分野で何ができるのか」とすごく考えさせられました。トップを見た上で今やるべきことを考えなければいけないと痛感しました。

―――具体的に感じた世界との差はどのようなものでしょうか

谷口 体格の差にも驚きましたが、競技に向かう姿勢が違うなと特に感じました。あまり科学的ではありませんが、ストイックさが全然違うと感じました。そこの部分でも医・科学的サポートで何か貢献できるんじゃないかなと思っています。例えば、練習をして乳酸値を測定したりします。3本スプリントをするという時に、「1本目2本目余力を残して3本目頑張る」という選手が多い。そうではなく「1本目も2本目もこれだけの乳酸が出ないと練習の目標を達成できない」、「トップの選手なら3本とも頑張る」という差をデータとして見せることができる。「練習をちゃんとこなせるようにする」という部分で、コーチングの1つとして運動生理やトレーニング科学として使えるのではないかと思います。イギリスとかアメリカはもっと科学的にそのあたりのサポートを行なっていました。日本は、その点で言えば少し遅れてるのかなと思います。

―――最後に、これからのスポーツ科学のサポート現場に期待することを教えてください。

谷口 スポーツサイエンティストが現場にいて、それを活用するんだという意識が広まればもっとスポーツ現場が良くなるんじゃないかと思っています。選手の体をケアするトレーナーさんは現場に絶対いますし、栄養を管理する方もいらっしゃる。海外ではすでにスポーツサイエンティストの活用が進んでいます。それと同じように、日本でも1つの職業としてスポーツサイエンティストという立場も成り立つと考えています。
 スポーツ医・科学をどう使ってアップグレードし、使ってもらえるようになるか考えることが絶対に必要です。周りの人から、「谷口くんがそこまで考えてやる必要はないんじゃない?それは向こうが決めること」と言われたこともあります。それも分かりますし、自分たちはデータをきっちりとってそれを返すということが第一の仕事です。今は私たちが課題意識を持って寄り添い、サポートをしていかないといけないと思っています。
 スポーツサイエンティストが仕事として成り立っていく、それを育成していく学部学科ができる、そこで人材を育成しスポーツの現場に送り込むことができるようにすること。これが私自身のキャリアを引退する時の夢です。自分が杉田先生から学んだことを人材育成につなげたいと思っています。研究だけではダメ、現場だけでもダメ、そう言ったところをたくさん伝えていきたいです。

 

<プロフィール>

谷口 耕輔(たにぐち こうすけ)・・・1988年6月生まれ。岐阜県高山市出身。公益財団法人 岐阜県スポーツ協会 御嶽濁河高地トレーニングセンター/岐阜県スポーツ科学センター 研究員。博士(学術)。


【飛騨御嶽高原高地トレーニングエリアの紹介】
●エリアの概要
 当エリアは岐阜県高山市、下呂市にまたがる標高1,200~2,200mに位置しており、バラエティーに富んだ施設やコースでそれぞれの標高に合わせたトレーニングが可能である(写真)。
●施設整備
 オケジッタ日和田ゾーンと濁河温泉ゾーンにはそれぞれ全天候型400m陸上トラックや飛騨高山御嶽トレーニングセンター(標高:1200m)、御嶽濁河高地トレーニングセンター(標高:1708m)などのトレーニング施設がある。両施設には、トレーニング室、体育館、低酸素室、高気圧キャビン(カプセル)が設置してある。その他にもバスケットボールの練習コートが2面設置可能な飛騨日和田体育館(標高:1300m)やウッドチップ、クロスカントリーコースなどの多様なランニングコースを整備している。
●宿泊施設
 エリア全体における合宿利用可能な宿泊施設は、10施設である(オケジッタ日和田ゾーン:4、チャオ御岳リゾートゾーン:2、濁河温泉ゾーン:4)。また濁河温泉ゾーンの宿泊施設では、温泉利用が可能である。

飛騨御嶽高原高地トレーニングエリアHP:http://hida-athlete.jp/
御嶽濁河高地トレーニングセンターHP:https://nigorigo.jp/

引用元:選手・指導者のための高地トレーニング利用の手引き.岐阜文芸社,岐阜,pp49-50,2019.

 

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