インタビュー

野球の楽しさを伝え選手の生きる糧に~今関勝さん~

「何かを人に伝えたい事があると少し声のトーンを上げるのです。表情も明るくします。野球の話は自分が楽しいというのもあるのですけど。」そう、はにかんだ元プロ野球選手の今関勝さん。穏やかな笑顔からは想像し難い波乱万丈の人生。プロ野球選手を含め、様々な経験をされていますが、印象的だったのがエピソードを語る時“楽しむ”という言葉が頻繁にでてきたこと。大事なことは楽しむこと。選手・指導者からも慕われる、今関さんの芯の強さと、人柄を感じる瞬間でした。

プロ野球を引退してから指導者になったきっかけ

―――プロ野球を引退されてからの経歴を教えてください。

今関 スポーツジャーナリストを経験した後に、サラリーマンとして3年間働いていました。野球に関わるのがプライドだと思っていたので、野球用品の営業、トレーナーの派遣、トレーニング用品の販売をしていました。やっぱり目的とか意義を持たないと仕事をしてもあまり面白くないですね。指導者になりたくてサラリーマンを辞めて、そこからフリーとしての活動(野球教室、社会人や大学の臨時コーチ)を行った後、楽天イーグルスジュニアヘッドコーチを務めました。

―――元プロ野球選手であれば飲食店経営だとか、色々なキャリアの構築ができると思いますが、指導者を目指したきっかけや、動機をお聞きしたいです。

今関 プロ野球選手になる前(高校の頃)から、プロ野球選手になるか、学校の先生になるか迷っていたんです。私はいつも自分の夢や目標を2択にしていて、2つを天秤にかけて、やりたい方をやっていこうと考えています。セカンドキャリアとして、野球指導者・講演講師(教師ではありませんが)になった事でその両方を叶えることができたと思っています。

―――今までのキャリアの中で影響を受けてきたことやその背景を教えてください。

今関 実は高校の頃、いじめられて学校を休み、半年引きこもりみたいになってしまいました。しかし、先生方の色々な指導があり、そこから立ち直ることができました。そのため、先生方の影響力が大きかったです。そのような経緯があったので、指導者になりたいかプロ野球選手になりたいかの選択肢になりました。

「野球がなかったら自分は戻れたのか?(引きこもりから立ち直ることができたのか?)」ということを考えると、戻れなかったんじゃないかなと思います。そのままドロップアウトしてもおかしくなかったです。簡単なことではありませんでしたが、野球があったから戻ってこられたと思います。だからこそ、野球をツールにして恩返ししたいなという気持ちが大きいです。

野球指導でどのような指導をしていたのか?

―――楽天イーグルスジュニア時代はどのようなことを指導されていましたか?

今関 スクール生が約230人から、最終的に5年間で1,050人まで増えました。指導内容として、最初はメニューの構築、スクール生にどうやって野球を伝えられるかを考え、コーチ、スクール生のルールを決めました。スクール生は小・中学生なので、野球の楽しさ(達成感)を感じて欲しかったです。勝つことが楽しみになると相手があることなのでなかなか難しいですが、スクールの中であれば努力した分、自分の伸び幅がみえるはずです。

そこを喜びに感じて欲しいという想いでメニューを決め、数値化することで目に見える形にし、一年間終わった時に測定表を渡しました。それから子どもは、骨の端のほうが伸びて成長しますが、そこが障害(怪我)を起こしやすいです。野球という競技では、障害というのがつきものなので野球肘健診も実施しました。医療と現場の一体化を目指し活動していました。スクール生を指導する傍ら指導者の指導も行っていました。スクール生メニュー作成、コーチのマネジメントをしながらのコーチングでした。

―――青森の弘前ではどのような指導をされていましたか?

今関 弘前に行ってからは、少年野球から還暦野球の方まで公務として指導し、指導者講習会など、幅広い活動をしていました。また、近年は野球人口の減少もあり、親子野球教室も開催しました。野球経験のない子ばかりでしたが、親と一緒に遊ぶことで5歳くらいの子どもでも野球やスポーツの楽しさを知り、興味を持ってもらえました。高校生の指導はアスリートに近い指導になってきます。その頃は週に1回3時間程度、各チームをまわっていたので、監督の要望に応えサポートをしていました。

社会人野球に関しては、選手は仕事をしながら活動をしており、目的は弘前の市民に力を与えること、自分達が頑張っている姿を見せることでした。試合に勝つことも大事でしたが、目標は世代、カテゴリーによって変わってくると思います。

野球指導者としての想い

―――「野球の楽しさを伝えたい」という想いや、色々なスタンスがあると思いますが、そこへ行き着いた理由はありますか?

今関 野球の楽しさを伝えたいと思ったのは、高校時代に一度野球を離れている経験があり、その時の寂しさを知っているからです。また、社会人時代に経験した根性野球は私の大元になっていますが、根性野球を今の選手にやらせたくはないと思っています。年を重ねていくにつれて楽しさの段階を変えていくのが大事です。そうなっていくと人は変わります。

私は指導者として自分をどんどんアップデートしていきます。選手には「今、一番いいと思っていることを伝えている。先には違うことを伝えているかもしれない。」、「何がいいかは最終的にあなたが選びなさい」と言っています。また、「学生には、大人になったら勉強しなくていいなんて間違っているから」大人になっても、「仕事をするということは勉強するということ。」、「生きるということは勉強するということ。」と伝えています。

―――どういう観点で自分をアップデートされていますか?

今関 スポーツ心理学、スポーツコーチング、スポーツ医学等、現在はオンラインで勉強会に参加できるので、勉強しようと思ったら、直ぐにできます。情報過多の時代なので「選択」ということが凄く大事です。選択した中でいくつか絞ったことを選手に提供していくということをしないと、選手が迷います。

研究員の人たちやドクターに知り合いがいるので、分からないことがあればその都度、メールや電話で確認します。多くの方のご協力で、自分の知識が色々な分野で最低限話せる程度になっていると思います。現在は指導現場から離れていて、1年に1回か2回指導する程度ですが、指導者から質問をいただきます。現在も質問に回答できるようにはしています。

―――指導経験を振り返って、最高だなぁって思った瞬間や感動したエピソードを教えてください。

今関 進学校で指導をしていた時の話ですが、中学校で5番手、6番手で中学校でも投げたことがない選手がいたのですが、なかなかフォームがよくなりませんでした。そこで、私は「走る時に体や頭が振らなくなったら球がいくようになるよ。今やっていることを続けてみな」と伝えました。それを繰り返し伝えて指導していたら、球がいくようになったのです。

その選手がある日、「ちょっとお話があるんですけど」と話しかけてきました。何を言うのだろうと思って聞くと、「僕、東京大学に行きたいんです」って宣言してきました。私は「頑張って」と直ぐに回答しました。回答した時その選手がきょとんとしていたのを覚えています(笑) たぶん、周りから「野球やりながらじゃ無理だ」とか言われてきたからこそ、驚いたのかなと思います。

――なぜ選手にそう伝えたのでしょうか?

私は今まで無理だって言われていることを何度も達成してきているので。一度野球から離れてからプロ野球選手になったこともしかり、弘前へ行き青森県にプロ野球一軍公式戦を29年振りに誘致したこともしかり、絶対無理だと言われてきたので、その時に無理だという言葉が出てこなかったですね。

その選手は、模試判定ついて報告してくれました。最初D判定だったのがC判定、最後夏の大会の前にB判定までいきました。「お前、野球をやりながらすごいね!」と話しました。それからは会えなかったのですが、選手から監督に私の電話番号を聞いたようで、電話が掛かってきて「東京大学に受かりました」と報告をくれました。それは正直、すごく嬉しかったです。プロ野球選手になった選手が連絡くれるのも嬉しいですけど、全然違った意味で。指導して良かったなと思いました。

他にも、現在も連絡を入れてくれる印象に残っている選手がいました。楽天スクールに入って3ヶ月しか指導していませんが、無茶苦茶ヤンチャ坊主がいました。その選手は、「今関さんと会えたから野球を続けられた」と言ってくれましたし、勉強をして教職の資格を取り、その後、中学校・高校の教員をしていたそうです。その選手は何かの度に連絡をくれました。教え子から連絡をもらうのってすごく嬉しいです。試合での勝ち負けも嬉しいですけど、教え子からの連絡をもらった時の方が、選手の人間力を上がるための指導が出来ていたのかと感じます。

―――今関さんの指導哲学やコーチングの哲学を教えてください。

今関 野球を通じて、人間力だとか、コミュニケーション能力だとか、生きて行くためのツールだとか、そういうことを伝えていきたいです。現在、新型コロナウイルスが流行中で試合開催の有無について話題になっています。指導者によって対処は変わると思いますが、普段から野球に対する目的を持っているチームは、もう次の方向へ向かっています。そういうことを見ると、指導者ってやっぱり素晴らしいと思います。

今後のスポーツ界に期待すること

 

―――これからのスポーツ界がどのようになったら今より良くなると思いますか?

今関 スポーツの楽しみ方は、レベルやカテゴリーによって全然違うと思いますが、第一に「楽しむこと」だと思います。スポーツは楽しむためにスタートしたものなので、原点に戻ることが大切だと思います。複数のスポーツに取り組むことはすごくいい事だと思いますし、スポーツを楽しむことで自分に向き合うところに繋がってくるのです。

―――子どもの頃からのプログラムや段階的なステップをしっかりと組めるシステム環境整備も必要になってくるのでしょうか。

今関 そうだと思います。選べる環境が子どもにあるのが重要だと思います。多種目のスポーツを実施することによって、運動神経も発達し、色々なスポーツを通した考え方の影響力が出てきます。人間的な成長を考えても多種目のスポーツを実施することが、日常になるとベストだと思います。ひとつの種目に取り組むだけでも大変という現状がある中で、色々なスポーツを行うことは、チーム頼りになってしまう部分があります。あるチームでは、野球を中心に様々な活動を行っており、知育・体育・才育・徳育・食育の5育を基本方針にしています。うまく様々な分野と連携していくと面白いと思います。

―――アスリートを支える人を総称としてバックアスリートと呼んでいますが、そのような方々にメッセージをお願いします。

今関 裏方としてサポートする人たちは非常に大事です。選手として大成しなかったとしても、スポーツを愛することやメッセージを投げる気持ちがあれば、目標は叶えられると思います。スポーツは、日本や世界を変えるような大きい力を持っています。そこに関われる誇りとスポーツを愛する気持ちを持って、様々な観点からスポーツに携わっていただけたらと思います。これから少しずつスポーツが再開され、今までの生活に戻りつつありますが、これから裏方として活動することを目指している方は、是非強い気持ちをもって欲しいと思います。強い想いというのは行動に代わり、結果に変わってくると思います。

プロフィール

今関 勝(いまぜき・まさる)

1971年神奈川県生まれ

1993年ドラフト3位で日本ハムファイターズに入団。

1996年オールスターゲーム出場

2000年日本ハムファイターズを解雇され、野球を続けられる環境を探し、2001年アメリカ独立リーグ(メジャーに属さないプロリーグ、アトランティックリーグ)に入団。

2003年アトランティックリーグオールスターゲームに出場もメジャー契約取れず帰国。プロ野球選手生活に終止符を打つ。

サラリーマンを経て、2008年より東北楽天ゴールデンイーグルス・BASEBALL SCHOOLのジュニアヘッドコーチ補佐、翌年から同ヘッドコーチを務めた。

2015年青森県弘前市の市職員として採用され、文化スポーツ振興課に配属。プロ野球一軍公式戦誘致、野球未経験者、小・中・高校生の野球指導、スポーツ指導者・野球指導者講習会講師、市内企業・団体等講演講師を努める。さらに、社会人硬式野球クラブチーム弘前アレッズの監督、2017年辞任。2019年より一般社団法人日本野球機構に勤務。

 

 

 

 

 

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