インタビュー

スポーツチームを活用したまちづくりでファンを創る!~梶原健さん~

今年6月にスポーツビジネス推進本部を立ち上げ、本部長に就任された梶原さん。「まちづくり」や「地域活性」という切り口から誕生していくチームには強い絆が感じられます。経営にかける想いを語っていただきます。

スポーツ選手を目指す子ども達の未来のために、受け皿をつくりたい

―――梶原さんは、都市開発、まちづくりという分野からスポーツマネジメントへ進まれましたが、その背景にはどのような想いをお持ちだったのでしょうか。

梶原 私は小学生から高校生までバスケットボールをしていまして、将来はプロ選手になることが夢でした。しかし、高校から大学に進学する時に、このままバスケットボールの道へ進むか悩みました。なぜなら当時、日本にはプロリーグがありませんでした。

唯一、選手の受け皿となっていたのが実業団チームでしたが、それさえも廃部になっているチームが多くあった時期です。将来性を感じられず、プロへの道を諦めました。私は千葉県船橋市出身ですが、千葉県はバスケットボール競技人口が非常に多い地域です。

ある日、子どもたちがバスケットボール選手になりたいと頑張っている姿を目の当たりにした時に「この子たちも将来、バスケットボール選手になりたいと思っても、現実を目の当たりにした時に辞めていくのかな」と思ったことがありました。

そうではいけない。そう考えたのが高校3年生の時です。まず、なにをするべきか考え、Jリーグに注目しました。まだできて5年経った頃だったと思います。プロスポーツチームがまちづくりの一つとして存在しており、地域と共に成長していくという理念を知りました。

そこで、私は「スポーツビジネスや経営学からではなく、自分ならではの強みを活かした別軸でプロチームを作りたい」と考え、その時に「まちづくり」や「地域活性化」というブレない方向性が決まりました。

大学・大学院は地元の日本大学理工学部に進学し、学んだ都市開発やまちづくりを実際に社会で実行すべく、卒業後は、(株)新日鉄都市開発(現・日鉄興和不動産(株))に入社しました。

不動産デベロッパー(不動産開発業者)の中でも、新日鉄都市開発は、「市街地再開発事業」という分野に強みを持っている企業でした。市街地再開発事業とは、単に土地を買って建物を建設する一般的な不動産開発とは異なり、住民の方々に、土地や建物を一旦預けていただき、土地を一つにして、新しい建物を造る。

そして住民の方々へは従前の土地と建物の評価額相当の資産を新しい建物で返してあげるという事業です。これは何百人もの地権者の方々とコミュニケーションをとりながら一つのものを作りあげていくことが必要となり、合意形成をとりながら作っていくという開発手法のため、人と人とのつながりから生まれるまちづくりを実務にできると考えました。

このような事業を行政ではなく、民間でできるという点はプロバスケチームを創る上で自分自身の強みになると思い、新日鉄都市開発を6年間続け、スポーツ業界へ参入したのは30歳の頃です。

 

「千葉ジェッツふなばし」は、経営の右も左もわからない状態からのスタート

―――2010年にbjリーグに参入し、2011年には「千葉ジェッツ」としてスタートされましたが、プロスポーツチームができてから苦労されたのは、どのようなことでしょうか。

梶原 当時、経営について右も左もわからないような状況でしたが、仲間や支援してくれる方々に恵まれ、バスケットボールチームをつくれました。チームができ、最初に行ったことは、応援してくれるファンを増やすことです。

積極的に地域の祭りやイベントに参加し、積極的に商店街に顔を出していくこと。そうすることでお客さんが来てくれると考えていましたが、現実は厳しいものでした。どれだけ活動してもお客さんが増えない、お客さんが増えないイコール、チケット収入が入らない。

お客さんが入らないとスポンサーもつきにくい。こうした負のスパイラルに陥るような状況でした。この頃に相談したのが、順天堂大学の工藤先生です。人とのコミュニティを図る指標として、ソーシャルキャピタルという概念を教えて頂きました。

そこで私は3 年間、住民のソーシャルキャピタル(意識調査)の把握を順天堂大学と共同で行いました。その結果をみたら、チームができる前より後の方が、地域に対する愛着や、チームに対する愛着が高まったという指標を得ることができました。

これによって、地域とのコミュニケーションはスポーツチームを通じたまちづくりにとってすごく重要だと再認識できたことは大きかったです。また、日常的に千葉ジェッツの存在を感じてもらえる仕掛けを行ったこともソーシャルキャピタル向上につながったと考えています。

スタッフはジェッツのロゴを身につけて地域を回り、商店街のタペストリー、店舗へのポスター掲出など、人が目にしやすいものにロゴを入れるだけで、住民の認知度が上がり、チームに対する意識が変わります。

その活動を通じてたくさんの方に温かい声をいただきました。しかし、いくら温かい声を頂いていても、なかなか試合会場までは足を運んでもらえなかった。「将来的にこの活動が必ず会場に来てくれるきっかけになるはず」そう考えながら地域活動は続けていました。

―――苦しい状況から、観客動員数・売り上げ日本一になられるまでに、どのような活動をされたのでしょうか。

梶原 私の夢はプロチームを創ることではなく、子供たちの目標となり、安定した職業としてバスケットボールができる環境を作るということでした。そういう意味では最初は散々なものでした。

いつ資金が尽きるかわからない不安定な状況の中で活動をしていて、地域への浸透、地域貢献に主眼を置いた戦略で活動していたために資金集めが全然できていなかった。そのような状況の中で、「チームを未来永劫存続させるためには何よりもお金が必要。」と考えて、パートナー集めに注力しました。

そして観客動員についても、当時は毎試合、今日は何人来場するのか選挙みたいに票読みをして、集計していました。観客動員は、努力なしにお客様が来てくれるわけではありません。営業部門が企業や行政などに一枚一枚チケットを売る。バスケ協会等に協力してもらって子ども達、親御さんに来てもらうために毎試合前座試合を行うなどをして試合に来てもらうきっかけを作り、チケット販売につなげるなど、あの手この手を考えて行動していました。

その結果の積み重ねが観客動員数・売上日本一につながったと思っています。

 

スポーツチームの経営を続けながら「アビスパ福岡」へ参画

―――さまざまな環境で仕組みづくりをされ、嬉しかったことや、どのようなところにやりがいを感じられましたか。

梶原 私が辞めた後にはなりますが、千葉ジェッツふなばしが天皇杯で優勝して、人気が一気に爆発してチケットが取れなくなったという状況を聞いたときは、とても嬉しかったです。

チームが勝ったことよりも、チームが誕生してから6年間ずっと活動してくれていた選手、スタッフ、チアリーダー、ジャンボくん、パートナー、勝てない時期にも応援してくれたブースターなど千葉ジェッツに関わる全ての皆さんが全力で千葉ジェッツを人気チームにするんだと活動している姿を目の当たりにしていたので、みんなの願いが叶ったと思うと本当に嬉しかったですね。

やりがいを感じている点については、全部がやりがいです(笑) 私自身の話で言うと、私はあまり感情の起伏がないタイプ(笑)映画やドラマを見てもあまり心が動かされないのですが、スポーツだけは別です。

試合の勝ち負けに心が動きますし、選手の頑張っている姿、観客がチームをわが子のように応援している姿、ファンが必死になって応援してくれている姿を見るたびに胸が熱くなります。

そういう場面に出会うと、「この仕事をやってよかったな」、「人のためになっているんだな」そう感じられます。人のためになることはイコール自分のためになる。私はそういう姿を見るのがすごく嬉しくなるので、自分のためになっていると思っています。これからもチームを存続させなければいけないし、強いチームをつくらなければいけない。そういう使命感でいまも取り組んでいます。

―――「千葉ジェッツふなばし」を退団後、いろいろなスポーツチームの経営をサポートされながら、2019年に「アビスパ福岡」というプロサッカークラブへ参画されました。

梶原 アビスパ福岡では、社長代行として経営全般を運営しました。2020年にはJ2からJ1へ昇格できたことは私にとっても大切な経験になりました。しかしこの2020年は、新型コロナウイルスの影響があり、試合が思うように開催できませんでした。

入場制限等により収入の柱の一つになっているチケット販売数が制限されたことで、アビスパ福岡のみならずすべてのプロスポーツチームにとって大打撃になりました。現在のプロスポーツの経営はあくまでも試合依存型です。

サッカーはJ2だとホームゲームで21試合、バスケットボールだとホームゲームで30試合。その試合がスポーツチームにとってはお店を開いている状態で、スポンサー広告、チケット販売、グッズ販売など大半の年間収入を頂いているのが実態です。

それが新型コロナウイルス禍になり、試合依存ではリスクが高い。365日のうち、330日は閉店している状態の経営は不健全であるという想いが生まれてきて、これから大切なのが「365日スポーツをコンテンツとして身近に感じて楽しんでもらう仕組みを創り上げること」だと思っています。

その活動からお金が生まれる仕組みができれば、365日収益に変えることができ、あらゆるスポーツチームにとって経営基盤が安定するのではないでしょうか。そのために、何が必要なのかといったら、いつでもどこでも誰とでもつながれるオンライン環境がマストだと考えます。

そういった意味でテクノロジーの力が必要不可欠で、そのような環境を創り上げていきたいと考えていた時にNECからお話を頂きました。

「ほぼ打ち合わせや訪問の毎日。スケジュールは多岐にわたります」

―――NECに入社された経緯や、現在、どういったスケジュールを過ごされているのか、ぜひ教えてください。

今年2月1日から、スポーツ事業準備室ができて、そこでいろいろ準備して、スポーツビジネス推進本部を6月1日付けで立ち上げることになりました。NECでは、「アリーナスポーツ」のバレーと「フィールドスポーツ」のラグビーという2つのコンテンツを持っています。

その両方をロードモデルにしながら、365日スポーツを楽しんでもらい、チームを身近に感じられる環境の創出を目指して活動中です。今後は「NECレッドロケッツ(バレー)」と「NECグリーンロケッツ東葛(ラグビー)」と共に、成果を出せるように経営をしっかり行っていきます。

同時に、他のスポーツに汎用できるようなテクノロジーを活用したファンコミュニケーションプラットフォームをしっかり築き上げていきたいですね。それを我々が両チームを活用して実証しながら成果を出し、しっかり他チームへ横展開ができるような仕組みづくりを行っています。

私のスケジュールは、時期によって違いますが、基本的にはほぼ打ち合わせや企業訪問をしています。今でいうとラグビーチーム編成の時期なので、選手の誰を採用するか、どういう戦略でチームを作っていくのかなど、コーチ陣と朝一から打ち合わせがあり、その後、社内全体の会議、個別にパートナー営業やチケットについての打ち合わせ、ファンクラブや広報の打ち合わせなど基本的に意思決定や方針決定の打ち合わせをしています。

もちろん新規営業にも回りますし、すでにスポンサーをしてくださっている企業さんへ挨拶に行ったり、行政連携の話を進めたり、新規ビジネスの企画を考えたり、予定は多岐にわたっています。

―――お仕事をなさっているなかで、梶原さんが大切にされていることや気をつけていることを教えてください。

梶原 スポーツチームは自分たちだけで活動しているわけではありません。支えてくれる企業や地域があり、初めてチームとして成り立ちます。そういった地域とのコミュニケーションや、一緒にチームをつくっている意識を非常に大切にしています。

そのため、「お願い」だけではなく、応援してくださる方々が何を望んでいるのか、何を願っているのかお聞きしながら、NECロケッツをHUBにしながら、各々が持っている課題に対して解決する方法がないか常に考えたりしていますね。

また、私はバスケットボールも、サッカーも現場(チーム)の戦略に対しては、一切口を挟まないようにしています。もちろん大前提として、組織としての理念、考え方や戦うべき方向性は最初に決めます。それを踏まえたうえでのトレーニングや、試合戦術などはコーチ陣の方が100倍、知識も経験もあるので、そこに対して私が何か言うことは一切ありませんし、そもそも違うとも思いません。

ただし、ずっと負けが続いたり、組織に不調和音がある時には、そのアプローチが間違っている可能性があるので、組織マネジメントとしての観点からアプローチ方法を修正することはもちろんありますけど、信頼をし、任せることで組織は強くなると思っています。

 

海外と比べたスポーツビジネスの現状と今後、期待したいこと

―――海外と比べた日本のスポーツビジネスとの違いや、現状はどのように感じていらっしゃいますか?

梶原 日本は野球もそうですし、サッカーや、Bリーグもだいぶ成長してきています。しかし、世界的に見ると日本のスポーツはまだまだ市場規模的にも厳しいものがあります。

言い方は難しいですが、「体育の延長線」という感覚がまだ残っていると感じます。海外のように、日本のスポーツをさらに飛躍させるには、より自分事になれるエンターテインメント性の高い仕組みを創り上げることも必要なのではないでしょうか。

自分事という視点でいうと、知らないスポーツでも、自分の子どもが出ていれば一生懸命応援できるのではないでしょうか。同じ職場に選手がいたり、「イベント等で交流したから」という理由で応援してくれる人ももちろんいますが、増やしていくことも限界があります。全員がそう思ってくれているかといえばそうではない。

イレギュラー的に言えば、例えばレッドロケッツが起点となって、彼氏や彼女と出会って結婚したとか。そういう縁があり、レッドロケッツが他人事ではなくなり、応援してくれている方もいると思います。

また、ずっと何年も応援を続けることで自然とチームが「自分事」になり、負けている時も応援し続けている方もいらっしゃいます。そういうファンとの接点をいかに増やしていくかはすごく重要です。自分の持っている資産を活用して、チームに対して投資することで「自分事」になるというのも一つの手段ですし、他にもいろいろあります。今後、いかに仕組みを作り上げていくかが、日本のスポーツビジネスの市場を上げていくための鍵になると思います。

――今後のスポーツ業界で期待したいこと、環境的にこうなって欲しいことを教えてください。

梶原 人間誰しも、今までやってきた方法を変えるというのはすごく抵抗感があります。会社でもそうですし、人付き合いもそうです。リスクを考えて踏み込めないところも多々あると思います。そこをフラットな視点で、何が世の中にとっていいのか、何がこのスポーツにとって必要なのかを考え、物事を判断していく。それを全員が全員できればスポーツ業界はガラリと変わります。

そういった環境をどうつくるのか。トップダウンでやるのか、ボトムアップでやるのか考えると、JリーグやBリーグはどちらかというと、トップダウンで市場がつくられています。

分裂していたバスケットボールリーグを一つにした川淵三郎さんのように、土壌を一から築き上げるような方がいれば話は違いますが、現実的にはなかなか難しい部分もあります。よって自分たちでフラットな視点で何がその競技にとってベストかという視点を持って、全員で何がベストなのかを本気で悩みながら進められる環境が種目ごとにできると、全然違うと思います。それはスポーツに限らず、会社の経営でも同じことが言えると思います。

スポーツ業界を目指す学生へのメッセージ。そして今後のビジョンとは

―――スポーツ業界を志している学生さんへ向けてぜひ、メッセージをお願いします。

梶原 何事も、行動しなかったら生まれないし、言葉に出さなかったら何も生まれません。例えば私が、チームを作りたいと心の中で思っても、誰かが理解してくれることはない。自分から発信することで、初めてそれに対してサポートしてくれる人が出てきます。

思っていることはまず、言葉に出すと良いと思います。それは親に対してもそうだし、友達に対してもそう。誰にでも思っていることを話すことが大切です。自分の考えが正しいかなとか馬鹿にされないかなとか不安になることもあると思います。

でも何が正解なのかは、結局人の価値観によって変わってきますので正解はないです。アドバイスとしては、「やっていいことと悪いこと」というような物事の原理原則に基づいて判断していけば大きく道を外すことはありません。

それを繰り返すことによって、自分の中で判断軸ができてくる。環境のせいじゃなく、物事を俯瞰的に見て、良し悪しをちゃんと判断するトレーニングをすれば、自分の発言にも自信が出てくると思います。

―――今後のビジョンをお聞きできればと思います。

梶原 いま、NECはチームとして核となるチームコンセプト、チームビジョンを再定義し、普遍的なチームブランドを構築しています。強いチームに共通していることは、チームの方向性、一般的にベクトルが揃っていることです。

ベクトルが揃っているチームは間違いなく強いですし、誰にインタビューしても、同じような回答が返ってきます。方向性をつくらないことには、チームがどこを目指せばいいのかわからなくなってしまう。

NECの理念としては、「より良い社会づくりに貢献する」ということと、「関わる人全てに愛されること」「必要とされる存在になる」ということです。“より良い社会づくり”が何かを考えたときに、スポーツチームだからこそできる、人対人とのコミュニケーションを促進する潤滑油になることだと思っていて。人と企業、企業と企業もそうですし、それらのコミュニティを繋ぐ役割を果たすべきだと思っています。

そういった意味でチームビジョンに「繋ぐ」というキーワードを掲げています。また、チーム“ロケッツ”なのでロケットをみんなで作り上げていく。レッドロケッツもグリーンロケッツも、統一したロケット型のエンブレムを製作しました。

NECという会社を軸に、それにチームという一層目があって、サポーターという2層目があってコミュニティという3層目があって、初めてロケットの形になり、飛び立つことができる。自分たちだけではロケットは完成せずに飛び立つことはできません。

「全員の想いが一つになって、初めてロケットが出来上がって飛び立つ」ということを、エンブレムに込めました。それをまず浸透させることで、その想いを胸に秘め、胸につけて活動することを選手たちにも意識づけをしていく。

想いを明確にしていくことによって、組織的にもチーム的にも強いチームに私はなっていくと思っています。今、バレーの方も、今まで以上に「ロケット」という名前をすごく意識しているのではないでしょうか。

「ロケットはどういうふうに飛び立つんだっけ?」「自分たちはそこにどういう役割を果たしているんだろう?」と考え、自分たちがエンジンとして活動していかないと、ロケットは飛び立たないということも、すごく意識してきているんじゃないかと思っています。

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<プロフィール>

梶原 健(かじはら たけし)さん

スポーツビジネス推進本部

1980年生まれ 千葉県船橋市育ち
2005年3月 日本大学大学院理工学研究科不動産科学専攻卒業
2005年4月 株式会社新日鉄都市開発(現 日鉄興和不動産株式会社)入社
超高層マンション、オフィスビル、商業施設、ホテル等の開発企画プロデュースを行う。携わった代表物件に「リビオタワー川口ミドリノ」「芝浦ルネサイト」「パークコート麻布十番ザタワー」などがある。
高校時代からの夢であった千葉県にプロバスケットボールチームを創るという想いの実現に向けて、
2010年3月 千葉プロバスケットボールチーム準備委員会を設立
同月、日本初のプロバスケットボールリーグであるbjリーグに参入申請を提出
2010年6月30日に勤めていた株式会社新日鉄都市開発を退職。
2010年8月26日にbjリーグより2011シーズンへの新規参入が認可され、
2010年9月17日に千葉ジェッツ運営会社である株式会社ASPE(現 株式会社千葉ジェッツふなばし)を設立し、代表取締役に就任。
2012年1月31日に代表取締役を辞任
その後、2016年6月30日まで千葉ジェッツ球団創設者として営業活動に奔走し、当時のバスケ界において売上高、観客動員数日本一に貢献する。
そのほか、2014年に株式会社クロススポーツイノベーション、2018年にBAYS株式会社を設立し、それぞれ代表取締役就任。プロスポーツチームの経営サポート、行政等へのスポーツと通じた街づくり支援、アスリート・子供たちの育成支援等を行っている。
2019年アビスパ福岡株式会社に社長代行として経営参画。2020年のJ1昇格へ貢献する。
2021年NECに入社。NECグリーンロケッツ、NECレッドロケッツのチーム代表に就任し、チームの改革を担う。

<NECレッドロケッツ>
V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子) に加盟する女子バレーボールチーム。日本リーグで優勝1回、Vリーグでは優勝6回、黒鷲旗でも2回の優勝実績がある。2021年、これまでの歴史を継承しながら、更なる進化を遂げるためチームのリブランディングを実施し、ホームタウンを神奈川県川崎エリア、東京エリアとした。チームのエンブレムであるロケット胴体部の三層のラインは、ロケットに搭乗しているチーム、サポーター、コミュニティを表現。チームに関わるすべての皆さまに愛され、必要とされる欠かせない存在になることを目指す。
2021-22シーズンは「GO HIGHER!」のスローガンのもと、サポーター、コミュニティとともに日本一へ突き進む。

公式ウェブサイト: https://red.necrockets.net/
公式Twitter: https://twitter.com/nec_rr_official
公式Instagram: https://www.instagram.com/nec_rr_official/
公式Facebook:https://www.facebook.com/NECRedRockets.VL
公式YouTube:https://www.youtube.com/channel/UChNs9_g5YoFzWK1kZmTONyA

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