インタビュー

女性アスリートの未来を照らす~小原日登美さん~

家庭と選手を支えるバックアスリート、小原日登美さん。選手引退からコーチになって3年目、新たな道でレスリングに向き合っている姿は、日本の“ママ・アスリート”の未来にとっても明るく、スポーツ界に新たな可能性を示してくれているように感じます。

指導者として活動し始めたきっかけ

―――ロンドン五輪が終わった後にレスリング選手を引退、自衛隊体育学校で指導者として復帰されたのはいつ頃になりますか?きっかけも教えてください。

小原 選手引退後2014年に長男を、2016年に長女を出産して、育児休業という形で3年間休んでいました。自衛隊体育学校でしたが、休む前は指導とは無縁の広報にいました。元々教えることが得意な方ではありませんでしたが、きっかけになったことは、現在のレスリング班の井上謙二監督から「レスリングのコーチを一緒にやってもらえないか」という打診を受けたことですね。選手の中には東京五輪に近い女子選手もいましたが、対する女子コーチが現場にいませんでしたし、これをきっかけに今度はレスリング指導者として五輪を目指したいという気持ちが起こり、この道を選びました。2018年4月から指導を始めて、3年目になります。

―――指導を始めたきっかけになった、入江ゆき選手ですが、五輪の代表獲得まであと一歩のところでしたが…。

小原 そうですね。なぜ五輪代表を決めることが出来なかったのかという反省は、私自身も含めて考えています。この反省を徹底して行い、次に生かすことが大切だと思っています。コーチと選手が同じ目標、課題に取り組めるよう、定期的に選手とミーティングを開き、そして選手個々が、しっかりとした目標、課題を持ってやっていこうと今、動き出しているところです。全てこれからで、プラスに変えていきたいと思っています。

来年3月の試合の結果次第では、入江選手にまたチャンスがくる可能性があります。彼女は今、膝を怪我して前十字靭帯の手術をし、マットに上がれていない状態ですが、チャンスがきたときに万全の体制で臨めるように調整していくのが今の課題です。

指導者としてのスケジュール

―――自衛隊体育学校での勤務形態や、一日の流れを教えてください。

小原 勤務は朝8時半からになります。練習は9時からなので、その前に事務的なことや連絡事項があれば共有し、班全体でミーティングをしています。午前中は選手の練習をみて、13~15時までは事務室で書類整理、その後に午後の練習ですね。

女子選手が6人に対して、コーチ3人が受け持っています。書類上は、誰がどの選手を担当するかは決まっていますが、基本は全員で選手の指導をしている形です。練習内容としては、午前はマット練習(新型コロナウイルスの影響のため、マットは午前・午後に1回入れ替え)、午後はウェイトトレーニングや走りのトレーニングをしています。軽量級が少ないので、実践練習の際はスパーリングパートナーや、選手と一緒に残って練習をすることもあります。自衛隊は5時15分が就業になりますが、時には指導や練習に熱が入り、帰宅が遅くなることもあります。

女性スポーツ指導者としての難しさ

―――指導者になってトップアスリートだったから難しかったことはありますか?

小原 私が当たり前のようにやっていたことが、選手にはできなかったことはよくあります。自分が持っている感覚と違うところがあるとわかりました。「日登美さんだからできたんじゃないか?」と思われることもあると思いますが、それならもっとよく噛み砕いて、「じゃあ、できるようになるために、もっと、基本的なことからやってみようか。」などと話をします。なるべく選手自身の感覚を、自分自身が理解し、どうしたらできるようになるかを考えて指導するようにしています。

いくら五輪で優勝したからといって、今でさえ自分の技術に自信を持っているわけではありません。2008年の引退後に妹の指導をメインでしていたことがありましたが、その時の経験で、「これで勝ってきたから、同じことをすれば全員が勝てる」というのは間違いだと、やってきたことが全てじゃないと痛感しました。「自分だけでは考えが偏る。他にもっといい方法があるのかもしれない」と思ったら、男子コーチにアドバイスをもらうようにしています。また、選手のトレーニングや、体のケア、栄養などについても、トレーナーに密に教えてもらい、分からない事は聞くようにしています。色々悩みながら最終的に考えをまとめていますね。

―――トップアスリート全てが順風満帆ではないと思いますが、ご自身の競技人生でうまくいかない時期を経験し、コーチとして活きていることはありますか?

小原 選手の時もそうでしたが、コーチもそう簡単にはいかないということを経験していたからこそ、しつこく指導できるところです。様々な対戦対手がいますが、私は勝つことだけが全てじゃないと思っています。負けて、そこから学ぶこともあるので、イレギュラーなことが起きても焦るのではなく、「自分もそういう経験あったよ」と構えて、選手に寄り添える点は、自分の豊富な経験が活かされているなと思います。
私はロンドン五輪で金メダルをとって引退できたので、すごく幸せな選手人生でした。だからこそ、その想いを選手たちにも味わって欲しい、そういう気持ちは常にあります。もちろん五輪が全てではないですし、じゃあ全ての人が金メダルをとって終わりになるのかといえば、そうではないので、選手には自分でがんばった過程がその後に活かせるように、毎日の練習を大事にして欲しいと思っています。

―――スポーツ界では女性の指導者は少ないと感じていますが、レスリングでも少ないのでしょうか?

小原 少ないと思います。小学生・中学生の指導と合わせても二桁くらいですね。自衛隊体育学校では私一人、現場でやっている全日本のコーチは今のところ一人なので、少ないです。それでも、私の選手時代に所属に女子コーチがいなかったことを考えると、昔に比べて増えてきているとは思います。

スポーツ界は男子コーチが圧倒的に多い業種なので、その中に女子コーチが入ってきた時は、環境づくりが必要だと考えます。一つの種目に対して、向かっていく先は同じなので、同等の立場で物事を言い合えることはすごく大事だと思います。

私がコーチという仕事に復帰する時に、最初に悩んだことは「家庭」についてです。二人目を出産する前にコーチの打診をいただいていましたが、生まれてすぐそのまま家庭と子どもたちの育児を両立できるかどうか心配でした。マットから3年離れて感覚も鈍っているところもありましたし、やはり復帰後1年目は慣れるのに大変でした。余裕がなく、ひたすらやっているという感じはありましたが、2年目には少しずつペースが掴め、最近になってやっと選手一人ひとりにしっかり向き合えるようになってきたと感じています。前は踏み込めなかったことに対しても、妥協しないで入っていけるようになりました。コーチはただこなすだけでの仕事ではありません。選手は常に成長し、変化をしていくので、向き合って関わっていく必要があります。私の場合は同僚の男子コーチに支えられていることが、今こうやってやれている理由の一つです。できない時はカバーをしてもらって、自分がやるべきことをしているので、そういった環境を整えなければ女性の場合は難しいと思います。

日本は結婚し、出産して引退というイメージが強いですが、海外の場合は産後もアスリートを続けて復帰するケースは珍しくないです。ロンドンでの決勝相手もあの時点で結婚されて、子どもが2人いました。海外のコーチもレスリングでの人口は少ない方ですが、女性にとって整った環境は、海外の方が進んでいると感じます。

女性スポーツ指導者としてのやりがいと想い

―――女性の指導者として同性の選手に教えるメリットやデメリットはありますか?

小原 男子コーチだったら言えないことも、女同士だからこそ言えることはあるかもしれません。ただ「レスリングの技術」に関しては、まだまだ男子コーチの方が上だと私は思っているので、その面は自分も学びながらやっています。「男子はこうだけど、女子はこうなっちゃうんだよね」というような、自分が持っている感覚を男子コーチに伝え、さらに選手に伝えることもあります。それから、同性だからこそ厳しくなってしまう時もあります。私には息子と娘がいますが、どちらかというと娘の方が言うこと聞かなかったりします(笑)逆にそういう目線で選手達も見ている感じはしますね。ただ教えるのではなく、いかに納得させて、こっちを振り向かせて向かわせるか、それは子育ても選手に教えることも一緒だなと思います。

―――コーチ指導について、ご自身が大事にされていることや気をつけていること、最高だった経験はありますか?

小原 気をつけていることは、一方的にならないようにしていることです。ここはもう社会人なので、ある程度性格もレスリングもできあがってきて最後のところだと思いますが、ただやらせるのではなく、選手の意見も聞きながら、選手一人ひとりに対して、何がいいかを一番気をつけて考えています。コミュニケーションをとることは重要ですね。他愛もない話をしたり、自分にあった面白い話をしたり。そういう普段の何気ない会話が凄く大事だと思います。新しく入ってきた選手はもちろん、慣れない環境なので、他愛もない会話ができるようになれば心を開いてくれますし、そこから少しずつ信頼関係が生まれるのではないかと思っています。逆にそこがないと、いくら適切なコーチング指導をしても流されて終わるので、同じように指導をしたとしても、伸びてくる確率は違います。信頼と心をと掴んだら、付随してやってきたことが選手の身になっていきます。

“最高の経験”について考えると、私には五輪で優勝という、これ以上ない経験をしているので、やはり、コーチとしてそこを達成しない限りはそういう気持ちになるのは難しいかもしれません。それでも選手が試合に勝った時は嬉しいです。大きい目標はいつも先にありますが、普段のトレーニングで選手個人へ指導したことが、次の日実践できたところを見る時も思います。やれなかったことができて、少しでもプラスになり、前に進んでいる姿は、「じゃあ次はこれを指導しよう!」と、自分のモチベーションにもなりますね。

―――スポーツ界やレスリング界に、これから期待することはありますか?

小原 一番はやはり選手が自分の競技に集中できるような環境づくりだと思います。

練習と食事、怪我をした時のケアは大切です。一人の選手に対して、指導だけではなく、栄養面、メンタル的なことを支えるトレーナーや、怪我はつきものなので、怪我をした時にケアをしてもらえるような、選手を囲むチームがそれぞれの選手にしっかりあれば、ベストなのかなと考えます。また、選手のために海外遠征に行って海外の練習を学べる環境づくりや、そのための資金面についても必要になってくると思います。

レスリング界について期待することは、従来と今の人間関係による意見の食い違いをなくすことですね。根本的なこと、選手を想っている気持ちは同じなので、お互いに意見をちゃんと聞き入れるような心を持つことが一番だと考えています。結局、いくら環境が良くなったとしても、そこにいるのは「人」なので、正しく良い人材をどんどん確保して、次世代に動ける人を今後つくっていくということが必要だと思います。それが、結果的に選手にとってもいいことに繋がると信じています。

また、「アスリートファースト」という言葉がありますが、それだけが先行しても良くないと思います。自分が選手の時もそうでしたが、きついことをやるためには、選手だけで努力するのは絶対に無理で、厳しく言ってくれる指導者がいるからこそ、乗り越えていける。アスリートと特にコーチの年齢がいけばいくほど上下関係になるのではなく、「真っ直ぐな関係」、つまり、お互いの意見を尊重し合えるような関係性が必要です。幼い子どもに対しては「指導」でいいと思いますが、お互いを尊重しあい、同じ目標に向かっていくことが一番だと言えます。私が五輪を目指した時は良い関係が築けていて、前に進めたので、これはどのスポーツにおいてもいえる、大事なことではないかなと感じています。

そして、コーチは指導することはもちろんですが、選手が自立できるように、育てるのがコーチの役目だと思います。戦う時は、誰も助けてくれず、レスリングはマットの上では1人なので、1人でも、自信を持ってマットに立てるように、育てていきたいと思います。

プロフィール
小原 日登美(オバラ ヒトミ)

自己紹介文

  • レスリング・女子48kg級
  • 生年月日:1981年1月4日生まれ
  • 出身:青森県八戸市
  • 出身校:八戸工大第一高校、中京女子大卒
  • 自衛隊入隊:2005年4月1日入隊
  • 現所属:自衛隊体育学校
  • 現階級:3等陸佐
  • 性別:
  • 出身地:
  • 趣味:

主な戦歴

  • 1999年全日本選手権初優勝
  • 2000年世界選手権優勝
  • 2001年世界選手権優勝(2連覇)
  • 2005~2008年世界選手権4連覇
  • 2010~2011年世界選手権2連覇
  • 通算世界選手権8度優勝
  • 2012年ロンドン五輪優勝

身長:155cm
体重:56kg

-インタビュー

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