インタビュー

ダンスで人を元気にしたい!チアを経験し憧れのNBAダンサーに~小笠原礼子さん~

チアを経験し憧れのNBAダンサーへ!渡米までのフラストレーションを乗り越え、活躍中の小笠原礼子さん。小さい頃からダンスを習っていなくても、何歳からでも挑戦できる!熱い想いを語って頂きました。

NBAダンサーとの出会い。チアとはなにが違うのか

―――NBAに所属し、プロとして活動されることになったきっかけを教えてください。

私は学生の頃から、競技やプロフェッショナルなスポーツエンタメの部分、いろいろな「チア」を経験してきました。日本でチアとして活動を続けて考えたことは、もっとたくさんの人に元気になって欲しいし、挑戦する姿を見てもらいたいということ。それも「大きな舞台で」と考えた時に、ダンスをやるならNBAダンサーを目指したいとふんわり思っていました。そこで、『サンロッカーズ渋谷』に所属している時に、ディレクターに相談したら、「アメリカを1回見てきたらいいよ」と声をかけてもらえ、アメリカのプロのダンスキャンプへ。キャンプではInstagramの写真や動画を見ただけではわからない「プロの世界」を肌で感じて、私も挑戦してみたいと思いました。そこから日本に帰ってまた1年活動し、NBAダンサーのオーディションにチャレンジすることにしました。

 

―――日本では「チアリーダー」という呼称で呼ばれていますが、NBAダンサーとの違いや役割はどういったものでしょうか?

見た感じは似ていますがそれぞれの役割は違います。「チア」という括りでいうと、試合を盛り上げるところでは一緒です。ポンポンをもってお客さんに「さあ一緒に応援しましょう」と応援の掛け声をするというよりはダンスで雰囲気を上げるのがNBAダンサーの位置づけだと思います。

私達がやろうとしていることは、エンタメの一部として会場を楽しんでもらうことです。ヒールを履いて踊ることもあれば、アクロバットなこともやります。アメリカでは、日本以上にパフォーマーとしてクオリティーを求められています。チームメイトはそれぞれレッスンを持っているようなダンスの先生やプロダンサーばかりで、レベルはすごく高いと感じます。

私はチアリーダーの経験が長かったので、それを活かしつつも本場のダンスを学びながらNBAダンサーとして活動しています。

 

「人を元気にし、笑顔にさせたいという気持ちでチアからダンスを続けています」

―――ダンサーとしてのやりがいはどこにあるのか教えてください。

私はダンスクラスをもっていますが、レッスンではダンスの上達を目標にしていません。親子ダンスだったら親子で共通の何かをするとか、運動不足解消とか。ダンスを通して何かを得てほしいというのが私のダンスクラスです。どうしてこのレッスンをやろうと思ったのかというと、ダンスは教え方次第で変わるということを知ったからです。

私は、ダンスを始めたのがすごく遅くて、しっかりダンスを習ったのが28、29歳でした。スタートは遅く感じますがこうして夢を掴むことができ、何歳からでも強く信じて努力すれば可能だということを表現したいと思う様になりました。とても夢があるなと思って。

ダンスが苦手という人は多いですが、実際一緒にレッスンしていると、「ダンスが苦手だったけど、やってみたらできた」と言ってもらえます。そういう新しいこと、できることを増やしていく。私のダンスクラスは上手くするためのものではなく、レッスンに来ることで、楽しい気持ち・明るい気持ちになって欲しいと思っています。

それがチアをやっていた時から今日まで共通して考えていたことですね。変わったことは、そこに「挑戦」がプラスされたことです。挑戦し続けている姿を見てほしいです。例えば、会場でダンスを見てもらって「楽しい」と思ってもらうだけではなく、こうしたインタビューを通してバックグラウンドを知ってもらうこと。

応援して、元気出たなって思ってもらえたらもっと嬉しいですね。私は人を笑わせるのが好きです。人を元気にし、笑顔にさせたいという気持ちでダンスを続けています。

 

―――NBAダンサー小笠原さんの1日をぜひ教えてください。

日本からの対応についてはアメリカと時差があるので、皆さんが起きている時間に合わせ朝起きてからすぐ仕事関係のメールやSNSのチェックをしています。朝食をとり午前中に近くのジムで自主練習して、その日チーム全体練習でやるルーティンを確認します。

お昼ぐらいに家に戻って昼食、あとは出発するまでダンスの曲を聞いて少し動いてイメージトレーニングしています。チームの練習へはいつも開始1時間前に行っているので家を出るのは16時くらいです。そこから21時まで練習します。そこから帰ってきて、ホストファミリーがいつも作ってくれるサラダを食べて寝るというスケジュールです。

練習以外にも日本向けオンラインクラスもありお家でレッスンしたり、近くの公園で対面で親子向けダンスレッスンをしています。シーズンが始まったら練習量が増えるのでNBAの練習とレッスンと両立していく流れです。

 

日本とアメリカの違い。NBAダンサーに挑戦する人が少ないのはなぜ?

―――NBAは、世界最高峰のリーグ。ダンサーのレベルも世界トップクラスというところが間違いないと思いますが、日本との違いはどこに感じていますか?

やはり規模が違うと感じます。例えば、ユニホームの数やイベントの動員数、演出など。有名アーティストとのコラボ企画もあります。私たちにはチーム専属のデザイナーさんがいて、イベントごとにトップスを作ってくれることもあります。サポート陣が手厚いところも規模の大きさを感じます。

 

―――アメリカはダイバーシティなイメージがあります。チームも小笠原さんの在籍を考えると、国籍は限らないということですよね。

そうですね。さまざまな人が在籍しています。オーディション条件は開幕時に18歳以上ですが、誕生日を迎えギリギリ条件を満たすメンバーもいますし、最年長はもう1人年上がいます。他にも区別できない、分けられない、色んな背景の人がいてまさに多様性です。そんなメンバーと関われて面白いです。

 

『パフォーマーでありながらバックアスリートである』という自身の信念

―――他のスポーツでもよく言われていることですが、日本人の方が器用繊細で、個よりチームワークを重んじる。それは、ダンスレベルの高さにも関係しているのではないでしょうか。

そうですね、アメリカはもちろんダンスのレベルが高いですが、日本人の良さはクリーンさ、そして丁寧さがあることだと思います。また協調性もあり、ダンスのフォームも正確だと思います。私のこととしては練習時間が長い様で、普段練習しているとホストファミリーから「レイコは練習し過ぎだ。アメリカ人はそんなにしないよ。もっとリラックスしなよ。」とよく言われます(笑)

みんなが実際、どれくらい練習しているのかはわかりませんが、同じく沢山やっている人もいれば少しの練習でできる人もいるのではないでしょうか。そこを人に合わせてもきっと私の実力がついていかないので、スタイルを変えずにやっています。

 

―――ダンサーとして活動されてきている中で、自分の芯として考えていること、信念を教えてください。

私がこうと決めているのは、「正しいことをやる」ということ。それは絶対曲げないようにしています。組織やチームに所属する中で、こうしたら丸く収まるだろうなということはもちろんありますが、もしそれで自分の心に後ろめたさが少しでもあれば解消します。最終的に結果がどうであっても、正しいことをしたいと決めています。

あとはそうですね、「一日一善」は続けています。もう一つは「挨拶」です。使った場所に対して綺麗にして返すこと、挨拶して帰るなど、当たり前のことですが日本で自分が大事にしてきたことを続けています。

 

―――これまでの取材は、例えば審判や監督など、その職業だけで競技ができるかといえば違いました。しかし、NBAダンサーの場合は、パフォーマーでありながら、アスリートの試合を支えるという二面性がある気がします。その辺りは、どういった気持ちで取り組まれていますか?

私はどちらかというと、アスリートを引き立てる側だと思っています。NBAダンサーを見に試合に来る人も少しはいるかもしれませんが、私達はエンターテインメントとの一部です。観戦しに来た人が、試合の合間に見て楽しんで、そして後半戦を観戦してもらいたい。

試合と私たちのパフォーマンスやその他のイベントなどセットで盛り上げて、試合に来てくれたみんなが楽しい1日になればいいなという感じでやっています。チアリーディングをやっている時は競技であり、私達がメインでしたが、いまはそれを卒業してエンターテインメントを提供する側へ。もちろん選手がメインなので、NBAダンサーはバックアスリートの部分が強いと思います。

 

「みんな自分のなかで答えは出ているけど、あと一歩出られないだけ」

―――こういった瞬間が最高だなと思ったこと、仕事をやられている上で自分達だけしか味わえないような高揚感やエピソードがあれば教えてください。

日々最高だなって思うのは、パフォーマンスが終わって最後のポーズが決まり、拍手をもらった瞬間ですね。今回17人のメンバーですが、ダンスの瞬間はメンバーしかコートに入れません。私達にしか与えられてない特別な景色を見せてもらっています。ダンス最後のポーズでパチンと決まったとき、みんなが盛り上がる。

観客席が揺れるあの瞬間がすごく好きですね。印象的だったのはサンロッカーズ渋谷が天皇杯で優勝した時です。試合も盛り上がっていて、私達のパフォーマンスも決まって「ワーッ!!」っと観客から歓声が上がって。会場と一体感を肌で感じられた最高の経験です。NBAではこれからですが、アメリカでもその瞬間を感じられるのではないかと思っています。ダイレクトに「喜んでもらえた」というのはわかりますよね。

 

―――これからNBAダンサーを目指してみたいと思う人たちに対して何かメッセージや勇気づけるような一言をお願いします。

誰でも何歳からでも、チャレンジしていい!ということです。私もそうですが、みんな何か始めるときはなかなか踏み出せず悩んでいる様に見えますが実は自分のなかで答えは出ているんじゃないかなと思います。あと一歩出られない、私はそんな方の後押しをしたくて今こうして挑戦しています。

私はダンサーとしてすごいわけではないけれど、一歩出たことで色んな人が助けてくれてこんなに信じられないところまで来られたので、それを言い続けたいですね。誰でも何歳からでも始めていい。もう「一歩出るだけ」そう思います。

 

―――小笠原さんにとって、その挑戦の原動力となっているものはなんでしょうか?

私は高校の時に指導者がいない中でチアをやっていました。「指導者がいたらいいのに」という気持ちが強く、それなら自分がなろうと当時思いました。自分が経験していないことは教えられないので、挑戦の素晴らしさを伝えるためにも自らチャレンジすることが大切だと思っています。

あとは私の様にコンプレックスを抱える人に勇気を与えられたらと思います。地方出身でダンス経験も浅く、とびきり若いわけではない、正直色んなコンプレックスがあります。実は自信もそんなにありません。でもそんな私が夢を追いかけることで、誰かの背中を押せるのではと。

子どもに夢を与えたいという気持ちはあまり強くありません。それよりも子どもの近くにいる私たち大人が夢をみることで、子どもたちにも夢を与えられると思います。原動力はそこですね。年齢を重ねたことで、自分が目立ちたいというモチベーションではなくなりました(笑)

 

「いいことしか起きひん」現役で活躍しながら指導を続けていきたい

―――これまでにうまくいかないこともあったと思いますが、乗り越えるときに自分で言い聞かせてきたことや、それでも揺るがなかったものを教えてください。

最近、尊敬する方からもらった言葉があります。それは、『いいことしか起きひん』という言葉です。私はアメリカに行く前に、なかなかビザが取れなくて、日本でつらい時期がありました。いいことしか起きないわけない、すごく嫌なことや辛いこともありますが「これはいいことだ」と、何とかねじ込んで考えていました。

例えば、ビザがなかなか下りないのも「きっといま渡米できないのは理由があって、これも自分にとって意味のある時間なんだ、意味のある時間に自分でするんだ」と、そうやって無理矢理ポジティブにもっていって自分を納得させました。渡米できた今、当時を振り返って私にとっての最短ルートだったと考えています。

裏付けがないポジティブがすごく信用できなくて。何もないのに「明るく」とか、「何も考えずに気楽に」という気持ちにはなかなかなれない人間なのです。かなりネガティブなことを考えた上で、「もうこんな気持ちになるのは嫌だからポジティブに考える」というふうに言い続けることで、なんとか落ちずにやってきました。

あとは仲間がいたことが大きかったです。私はどのチームに入っても最初はうまくいかなくてよく悩んでいました。今もそうですが、いろいろな人に助けてもらい、ずっとやってきた気がします。

 

―――これからのスポーツ界に対して、もっとこうなったらいいなとか、こうするともっと良くなるのにと思うことを教えてください。

スポーツもダンスも見る人が特定されてしまっているなと思います。スポーツ全種類を見ている人は少ないのではないでしょうか。例えば「バスケット観戦は好きです。でもサッカーはあまり観たことないです」など。恐らく、なにかきっかけがあれば好きになる。スポーツ自体が人を元気にさせるものだと思います。

もちろんダンスもそうです。身近に感じてもらうためには、もっと目に触れる機会、観戦するきっかけを増やすことが大切だと思います。そうすれば分母が増えて、シェアできる。難しいことではありますが。

 

――小笠原さんはユニークな視点をもたれているなと感じました。これまでのキャリア、そしてアメリカで挑戦されている全体からお話をされているのかなと感じました。

そうですね。ダンスのキャリアというより、普通に社会人として働いていた経験があることが大きいと思います。そういう視点とパフォーマーの視点、両方あるからではないでしょうか。企業で働いた経験があるからこそわかることが結構あると思います。

 

―――これから活動し、挑戦されていくところかと思いますが今後のビジョンをぜひ教えてください。

NBAダンサーとしての活動はもちろんですが、現役でありながら指導を続けたいと思います。現役を引退してから指導者になるというよりは現役の今だからこそ伝えられることがあると考えています。日本にももちろん、ここにいる現地の日本人にも広げていきたい。ざっくりいうと、ダンスで人を元気にしたいっていうのが変わらずあります。NBAではまずこのシーズンの挑戦を大切にし、その後のビジョンを考えていきたいです。

 

プロフィール

小笠原礼子(おがさわら れいこ)
生年月日:1986/3/24
出身:青森県南津軽郡藤崎町
日本チアリーディング協会認定指導者
ミス東北学院大学2004
株式会社プリンシプル プロテイン公式アンバサダー
スポーツギフティングのUnlim[アンリム]※ギフティング頂いた方とのオンライン交流会あり
サンロッカーズ渋谷(Bリーグ)
公式チアリーダー サンロッカーガールズ 2017−20 在籍中に米国プロダンスキャンプに参加 NBAへの挑戦を決め2020夏に現役引退
デトロイトを拠点とするNBAチームの専属ダンサーのオーディションに合格しチーム初の日本人ダンサーに。

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