体操から離れて感じたコミュニケーション力の必要性~寺本明日香さん~

体操選手として美しい演技を披露し、会場を魅了した寺本明日香さん。オリンピックで活躍後、昨年4月に引退。それから1年になりますが、現在は至学館大学で教員と監督として活躍している寺本明日香さんにインタビューしました。

目次

セカンドキャリアでコーチングを選んだ理由は、選手を助けたかったから

――体操選手を引退後、コーチングを選んだきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

寺本 体操選手を引退し、今は至学館大学の「健康科学部助教」と「体操競技部の監督」を務めています。コーチングの道に進むことになったのは、私が中京大学だったときの後輩、刀根コーチに相談を受けたことがきっかけでした。
彼女は体操競技部のコーチを務めているのですが、肝心の監督が不在のため、「指導者がいない」と困っていました。私が体操選手を引退する前の1、2カ月前のことだったと思います。そのときは、刀根コーチも「頭の片隅に置いてほしい」とのことで、具体的な返事をしていませんでしたが、私も考えるきっかけになりました。

 

――最初からセカンドキャリアとして、コーチングは選択肢に入っていたのでしょうか。

寺本 いいえ。体操選手の引退を考えたときはコーチングに携わりたいと思っていませんでした。昨年の4月頃はフリーターになって焼き肉屋を始めようかなと思っていたぐらいです(笑)正直に言うと、体操業界については、やり切った思いがあり、少し離れて違うことをしたいと考えていました。引退した数カ月間は、趣味のゴルフなど、現役のときにできなかったことを思う存分楽しんでいます。
私は子どもの頃から体操一本だったので、この期間は「社会」に向き合うきっかけになり、自分が知らなかった世界をみることができました。また、私はどこかの所属に縛られるというより、自由に活動するほうが合っているということも知ることができたので良かったと思います。

――「少し離れて違うことをしたい」と考えていたとのことですが、監督を引き受けた背景には、どのような気持ちの切り替えがあったのでしょうか。

寺本 最初から「監督に興味をもった」というより、刀根コーチの相談を聞いて、選手たちを「助けたい」という気持ちの方が大きかったからです。
至学館大学の体操競技部の悩みは深刻だったそうで、私は刃根コーチから二度目のお願いを受けました。彼も職員なので、18時までは練習に行けません。そのため、選手たちだけで練習している状態だったようです。「怪我人が多く練習ができません」何をやって良いのかわからない状態だったといいます。
体操は本来、監督やコーチによる指導のもとで行うべき競技なので、選手だけの活動と聞いて危機感を覚え、監督を引き受けました。私は引退後、2022年9月から至学館大学の体操部監督に就任し、体育科学科助教を務めたというかたちです。
体操競技部の実績については、まだまだこれからというところです。上を目指すというより、無名のところから自分が作ってみたいという思いがありました。監督なので練習時間や内容も全部決めることができるため、いつもバランスを熟考しています。私も監督に就くのは始めてです。1期生を指導しながら、選手から「コーチング」を学ばせてもらっています。

教員、監督の業務形態と仕事のやりがい

――教員と監督として活躍されている寺本先生ですが、どのような業務形態でお仕事をされているのかぜひ教えてください。

寺本 教員として、3つのコースで器械運動を教えています。土日は休みで、月~金の勤務です。1週間のうち、1日は「研究日」があるため、実質学校に行くのは4日間。1限があるときは8時半~10時半で講義が終わりますし、2限があるときは12時まで。16時から練習があるのでもあり、スケジュールはそのときどき違います。
監督としては、部活のために毎日学校へ通っています。授業は休みですが、土曜日は9時~13時まで部活をみています。四月は、テレビ東京さんの生放送『みんなのスポーツ』でMC出演しているため、土曜日は練習をみたあとに東京へ向かい、生放送が終わり次第帰るという、日々を過ごしています。過ごしていました。

―—ハードな生活ですね!ありがとうございます。監督としてのお仕事のやりがいはどのようなことですか。

寺本 選手の気持ちに寄り添いたいと思っているため、「これってどうやってやるんですか」「私、この技が怖いんですけど、できそうですかね」という質問が嬉しく、私のやりがいになっています。
私も注意することはありますが、体操競技部は「トップを目指し、厳しく指導している」という指導方法ではありません。選手たちも楽しく、もうちょっと頑張りたいという子たちが集まっています。選手たちを尊重し、トレーニングメニューも気負わずできるような内容を考案。監督は昨年9月から始めたばかりなので手探りではありますが、充実した日々を過ごしています。

――教員としてはどのようなことにやりがいを感じますか。

寺本 生徒への指導自体にやりがいがあります。私は勤務の初日から「先生」を任せてもらえました。私の場合は、これまでに体操教室や講演会のお仕事をした経験が生かされたと思います。成果はこれからですが、生徒も楽しみながら授業を受けてくれているようです。
私の器械運動のコースは、コーニング方法をメインとした授業です。内容は、実技指導だけではなく、安全面を考慮した指導方法やテクニックなどを教える授業です。生徒が興味をもち、楽しく受けられるように試行錯誤しています。私は講演をした経験があり、いまはテレビでMCとして出演しています。最近では、「どうしたら相手へ伝わるか」ということを意識することが多くなりました。

監督として感じたコミュニケーション力の必要性と課題

――チームで動くスポーツは「お互いの意思疎通」が必要ですが、個人スポーツとなると「自己対話」の方が多いですよね。コミュニケーション力についてはどのように考えますか。

寺本 そうですね。社会に出て、コミュニケーション力が必要だとわかりました。私が引退を間近に控えていたとき「自分から体操がなくなったとき、何が残るだろう」と考えた結果、人ともっと関わりたい、対話をしたいという思いがありました。引退後、体操以外の方とコミュニケーションをとるようになり、気が付いたのは、成功している方ほど、「コミュニケーション力」があるということ。「トーク力を向上させること」が私の今後の課題として、学びながら過ごしています。これからもさまざま方との出会いがあると思いますが、コミュニケーションを積極的にとることを意識したいと思います。

――寺本先生のように、監督として活躍されている方の現状について、どのようなことに課題があると考えられますか。

寺本 身近にいるジュニア体操クラブの先生の話を聞くと「熱意と情熱がないとできない仕事だな」と思います。その理由は、限られた指導時間の限られた時間枠で成果が求められているからです。仕事量が多いなかで、選手の遠征に同行しているので、オフもそれほどありません。私だったら恐らく続かないと思います。客観的に見て大変なので、ジュニア体操クラブで人生のやりがいを感じている方ではない続けることが難しい世界だと思っています。
これは私感ですが、アメリカがなぜ強いのかというと、お金の利回りがあるからなのではないでしょうか。高いコーチ料を払う。その代わり、手厚い指導と治療を行うという制度が成り立っています。だからこそ、チームが強いですし、熱心にお金をかけている人は強くなる仕組みができています。日本では実現が難しいかもしれませんが、アメリカのような仕組みがあればいいなと思いました。
大学でいえば、体育館の強化費を掛けて、部活動に力を入れている学校は、やはり強いですよね。例えば、順天堂大学や日本体育大学など。授業だけではなく部活動で体育館を使える環境は素晴らしいと思います。愛知県でも中京大学も立派な体育館がありますし、武庫川女子大学、日本女子体育大学にも体育館やクラブがあるため、大学のシステムとしては良いと思います。
しかし、コーチは外部活動になり、毎日のように活動を見に行くことが難しい状態です。「監督がいない」こともよくある話だと思います。実際、指導側は休みを削りながら部活動へ参加することが当たり前のようになっているのではないでしょうか。私個人の思いとしては、そこに「給料」として働いた分の支給があれば部活動全体の動きも変わってくるのではないかと考えています。

体操競技部の選手や、これからバックアスリートとして活躍する方へ伝えたいこと

――トップアスリートとして培ってきたものは多々あるかと思いますが、選手に対してどのようなことを教えたいと考えていますか?

寺本 コーチングを受けずに体操を始めている選手は、やはり「上手くなりたいからとにかく練習をしなければ」という思いが強いです。そのため、トレーニングをしっかりしないまま練習を始めてしまい、ケガをすることはよくある話です。
私が始めて監督として、体操競技部に入った最初の1週間は何も言わずに練習の様子をみて問題を把握することから始めました。問題がどこにあるのかを見つけ、そのうえでどう改善していくのかを決めました。始めて選手の練習の様子を見たとき、確かに「それはケガもするよね」というやり方だったことを覚えています。アップもいきなり強いものを始めたり、特に基本練習もしないで、技の練習を始めたり…。それまで選手だけの状態で活動していたので、何が問題なのかわからなかったと思いますし、当然だと思います。
トレーニングメニューでいえば、腹筋だけでも何種類ものバリエーションがあるのをご存じでしょうか。私は現役のときに、いろいろなトレーニングメニューを実践してきました。この経験を生かし、腹筋はどういう順番で行うべきか、どれくらいのタイムでどれくらいの強さが適切なのかを考えながらメニューを作っています。例えば、「体幹トレーニングA・B・C・D」「パワートレーニングA・B・C」「サーキットトレーニングA・B・C」などを作り、「今日は体幹トレーニングDとパワートレーニングAをやろう」というように、その時々の状況に応じた組み合わせをピックアップしながら指導しています。
クラブによってはオーソドックスなトレーニングや練習をしているところも大半だと思います。私もオーソドックスな練習ももちろん行いますが、楽しくいろんな体の使い方ができることを教えたいと思っています。トレーニングは同じ内容を続けていると、飽きてしまうと思います。そのため、メニューに工夫をすることで続けてもらえるように試みました。また、これまでいろいろな選手をみてきた経験から、選手のレベルに合わせて、ひとつ上のレベルにいけるようなアドバイスを心がけています。

――これからどういったビジョンを作り上げ、歩みたいと思いますか。

寺本 大きな夢としては、体操選手をもっともっと増やすための活動に携わりたいと思います。これからさらにコーチングの経験を積んで、トップを目指す体操女子の監督に務めたいです。そしていつか、日本代表として背中を押したいと思っています。自分がオリンピック選手だった経験が、体操界でどんな良い影響を与えられるかわかりませんが、最終的にはそこが目標です。

昨年は体操から離れようと思った時期があり、そこから今に至っているので自分でもすごい経験をしてきたなと思います。どの競技の選手でもきっと一緒だと思いますが、世界選手権やオリンピックというトップを達成した後は、何をしても「ふわふわ」してしまう感覚があります。この「なぜかわからない、しっくりこない感覚」から新しい何かを見つけるまで10年ぐらいはかかると思いますが、できることをしていきたいです。今は教員や監督のお仕事を楽しく続けています。

――バックアスリートを目指す方々に対してぜひメッセージをお願いします

寺本 これからバックアスリートとして活躍する方々に伝えたいことは、先生は支える立場であり、「選手より目立たないようにしよう」ということです。現役のとき、「裏方」として私を支えてくれている方々の存在がありました。選手のときも今も感謝の気持ちを忘れずにもっています。
コーチングについて、私は選手側の視点を大切にしながら、指導したいと思っています。自分の経験ですが、「こう言われたら嬉しいな」「こういうサポートがあったら、頑張れる」「こう言われたら落ち着く」と思ったことを大切にしています。選手の悩み相談をしてあげるだけでも絶対に救われる方はいますので、ぜひアドバイスをしてほしいです。時には専門知識が必要な場面も出てくるかと思いますが、ただ知識を伝えるというより選手との対話を大切にすること。これから、バックアスリートを目指す方には、ぜひコミュニケーション力を身につけてほしいと思います。

 

プロフィール

寺本 明日香 (てらもと あすか)
至学館大学 体育科学科 助教
体操競技部女子監督
1995年11月19日生まれ 愛知県出身
2012年ロンドン五輪、2016年リオ五輪と2度のオリンピックを経験し、長きにわたり日本の女子体操界をけん引
2020年に左アキレス腱断裂のケガを負う
2022年全日本選手権を最後に現役引退
引退後、2022年9月 至学館大学体操部女子監督に就任