空手のアナリストとして伝えるべきことを大切に~大徳紘也さん~

空手に精通している先生でも「映像・分析ってどんなことをするの?」と質問をされるほど、日本ではまだマイナーな“アナリスト”。その第一人者として空手界を担い、また、20代という異例の若さで大東文化大学の空手道部監督に就いた大徳 紘也さん。「若さを出して思い切ったことはやっていきたいと思います」と語られたその笑顔に、明日が輝きます。

空手アナリストになった経緯と業務内容

―――空手はいつからはじめられていましたか?

大徳 小学1年生からです。最初は剣道に興味がありましたが、同じ体育館で練習している空手の様子を見て、私も空手を習いたいと親に頼んで始めました。大学院では修士課程まで学び、卒業をしましたが、空手の研究をしている人はまだ少ないと感じています。

国内の体育系の学会でも空手の発表は一個あるかどうかで、学生の卒論レベルで考えても数が少ないです。私は大学院に進学する時、指導教員の先生から、「少しでも興味があれば、進学をして空手の研究をやってみるといいよ」と助言を頂いて始めています。これからの大学に大学院、空手の関係者が関わっていけば、研究する人も増えていくと思います。

空手には流派がありますが、流派の代表選手だった経験も含めて25歳まで現役として大会に出場しました。空手の経験としては20年を超えています。

―――空手選手は長く続ける方が多いイメージがありますが、その理由や魅力はどこにありますか?

大徳 空手は「形」と「組手」二種目を稽古しますが、武道といっても格闘技の中では大きな怪我が起こりにくいと思います。近年は、オリンピックの種目にもなり、スポーツ要素の部分も強く、より幅広い世代が続けやすくなっている感じがします。

日本の“形”は世界的にみても強く美しいです。一人の選手が演武する時の世界観は独特な雰囲気があり、会場が一気に惹き込まれる魅力があります。これからを担う若い世代は、強さを競うだけではなく、空手としての美しさを理解していく必要があると思います。“組手”は柔道のように一本で決着がつくわけではなく、勝敗が分かりにくい。

それでも、8m 四方のコートで3分間行われる試合は何度も一本技やスピーディなシーン、ギリギリの攻防が行われるので、見慣れてくれば競技としてものすごく見応えがあります。

―――それぞれの業務形態や仕事内容として、どのようなことをされていますか。

大徳 仕事の95%はハイパフォーマンススポーツセンターでナショナルチームのスタッフ、5%は大東文化大学の空手道部監督をしています。代表が休みの日を利用して、学生と一緒に稽古をしながら指導しています。スタッフは部長と監督、コーチ2名の4名で、部員は12、13名の選手になりますが、その半分は初心者です。

私が1年前に空手道部監督を引き受けた背景には、OBだったこともありますが「起爆剤として空手道部を盛り上げて欲しい」とOB会から声をかけて頂きました。部員は底辺のところからはじめていますが、徐々に全日本に出るレベルまで上がり、頑張っています。

ナショナルチームのサポートについては、新型コロナウイルスの影響で、選手の所属に合わせてコーチやスタッフと一緒に帯同し、国内での強化をメインに行っていますが、本来は、多い時に1ヶ月に2、3回海外遠征や国内合宿があります。仕事内容は、代表の関係者と移動や食事を共にしながら選手の試合や、稽古の様子を撮影し、編集して分析をします。

監督コーチから「気になる選手がいるから見てきて欲しい」と依頼があると、時には国際試合を観に一人でも足を運び、撮影に行くことがあります。撮りこぼしや機材のミスが一番怖いです。そのため、事前準備は欠かせません。映像として残すだけなら撮って終わりですが、資料としてデータに纏めるのが大事な作業になるので、なるべくはやく編集し、監督・コーチにフィードバックできるように努めています。

空手アナリストとしての想いとやりがい

―――空手の指導者、アナリストの立場として気をつけていることや大切にしていることを教えてください。

大徳 “撮り方”と“伝え方”について、大事にしています。まず撮影に関して、数年前までは日本代表選手と海外有力選手に絞って撮影をしていましたが、それほど選手に適した内容ではありませんでした。選手とコーチはどういう映像を見たいと思うのか、逆にこの撮り方、映像は良くないということをヒアリングしてリスト化し、スタッフ間でも共有しました。

撮影した映像はチームの監督、コーチ、選手個人も確認しますが、その視察の内容や試合結果に対して、どう掘り下げていくかの分析は、監督・コーチとのみ、やり取りをしています。理由は3年ほど前、取り決めがそれほど決まっていない時に選手個人とコーチでそれぞれに渡したデータによる認識違いが起こり、優勝候補と言われていた選手が、予選で負けてしまった事例がありました。

今は基本的には私とコーチ、コーチから選手に言葉を伝えるように順路を決めていますが、コーチが「選手にも同じように話して欲しい」と要望があった場合は選手と話をします。

学生と代表選手、それぞれ話をする内容は全く違います。代表選手は自分が思っている以上にプライドも高いですし、それだけの経験を持っています。その点を考慮した上で伝えてあげる事が大切で、なるべく同じ目線、もしくは少し下に置きながら話すことを意識しています。

データというとグラフや数字的な形を出すため、選手にとってはマイナスな面についても触れなければなりません。そこで、ただ単に数字だけではなく、必ず「この数字にはこういう意味があるよ」と伝えます。最初に選手の良い面を、次にネガティブ、最後もう一度ポジティブな面を話します。その“サンドイッチの伝え方”で印象をしっかりと残してあげることができます。

自分が伝えたいこと、そして選手にとって聞くということが苦にならないように意識をしながらやっています。伝えるべきことを伝えるのが私の仕事なので、必ずそこに何かしらのフォロー入れるなど、人間的なところを大事にしています。

―――学生についてはどのように伝えていますか?

大徳 監督としての立場で選手を抑さえつけないように心掛けています。学生の考えや、考える時間を与えることを意識して、「なぜ今のシーンでそういう技を出したんだろう?なぜ失敗したんだろう?」ということを大学でも映像として残し、自分の動きや試合を客観的に見る時間を作っています。

学生からも意見を聞いて、合っていれば肯定しますし、違った考え方をしていれば、なぜその考えになったのかを一緒に考えます。対話する時間を稽古中は特にしっかり作ることを意識しています。

自分が現役の時はそういった対話がありませんでした。代表チームに関わってからコーチと選手のフラットな関係を見て、最初に衝撃を受けたことを覚えています。選手もどんどん意見を出したり、コーチも「ああそういう考えもあるな」と気づきがあったり、そのやり取りを目の当たりにして、対話の仕方に影響された面はあります。もちろん、武道なので試合の前など場合によって、追い込む指導もありますが、そこは使い分けをしながらしているつもりです。

―――どんなことにやりがいを感じますか?感動したエピソードを教えてください。

大徳 勝負の世界なので、結果に結びついた時は喜びと感動があります。勝ちあぐねていた選手のエピソードがあります。なぜ勝てないのかをデータとして出し、コーチと毎週ミーティングを重ねて対策をしました。データを元に挑んだ国際大会で選手が勝った時は嬉しかったです。

特に決勝を決めた時、私は試合の撮影中でしたが、選手が撮影の席まで来て、「やったよ!決勝だよ!」と笑顔で報告してくれました。その瞬間はすごく嬉しかったです。自分は代表のスタッフなので区別をせずに対応しているつもりですが、そのときばかりは一緒に喜びました(笑)

膨大な情報量を扱っているので、空手のスタッフが少ない中で責任など、背負うプレッシャーはありますが、それでもこの仕事を誇りに思っています。時には提出したデータを見て監督コーチが喜んでくれたり、頷いてくれたりすることもあります。

様々な経由で「大徳君のおかげ」と感謝されていることを知った時、とても嬉しくやりがいを感じます。ナショナルチームのスタッフとしては、観客の上からずっと撮影していますが、大学の試合では監督なので普段は絶対に降りられないコートエリアに入って監督席でアドバイスを出すことができ、臨場感を肌で感じることができます。直接拳を交えながら指導している学生が、最後メダルマッチまでいき、結果を残せたこともすごく嬉しかったです。

最近、高校生や顧問の先生から「入部したい、させたい」と言ってきてくださる方も増えてきました。今後さらに部員数も増やし、上にいくために頑張りたいと思います。

今後のスポーツ界・空手界に期待すること

―――これからのスポーツ界、空手界に期待することを教えてください。

大徳 小中学校の“武道の授業”というと柔道や剣道が割合としては多いので、指導者(先生の)空手についての知識も、まだ足りない部分があります。“今後に期待”という意味では、オリンピックが空手にとってのターニングポイントになると思います。

今後、オリンピックをきっかけに空手が注目され、学校教育にも入り込んでくれば空手指導者の人口が増え、様々な側面で空手の魅力が伝わり、スポーツ界全体で底上げされ、盛り上がるのではないかと期待しています。それに付随してメディアに出ることも重要です。

スタッフにスポットライトが当たることで若手から新しい人材が出てくると考えています。私は2019年12月にNHKのテレビ取材を受け、映像として客観的に見る機会がもてました。映像で見て、自分がしている仕事はすごく大きなことだというのを改めて実感でき、すごくいい経験をさせてもらえました。今取材いただいている内容についても同様で、サイトを見て興味持って頂けることがひとつのチャンスだと思います。

―――現在、取り組まれていることはありますか?

大徳 自分自身もまだ20代なので若手に対しても近い位置で話ができますので、そこをフル活用して若手の育成に努めたいと思っています。例えば、今話題になっているAIの活用など、今後様々な分野で可能性に広がりを感じていますので、そういったチャレンジができる環境を作ってあげられたらいいなと思います。

現在、チームとして学生を20名ほど集めて定期的に勉強会を開催しています。その中でアナリストとはどういう仕事か、空手に関してはどんなサポートしているかを話し、まずは興味を持ってもらうようにしています。今後の展望的なことは、分析や映像系は個人でやることはいくらでもできますが、現在はその受け口がないと感じています。

受け口がないと最終的な活躍ができないので、若手が興味を持って来てくれた時に、こちらもキャッチしてあげることが今後、必要になってきます。そういった意味で、アナリストという職業を競技全体でしっかりと認識し、同時に関心を強めてくれると自ずと、明日の育成と受け口の体制が整ってくると思います。

―――これからの大徳さん自身のビジョンを教えてください。

大徳 自分自身のビジョンはもう何年も前から固まっています。まずは母校である大東文化大学に教員として戻りたいと思っています。それは大学への恩返しでもあります。

これまでに最前線で集めてきた膨大なデータを学術的な意味を含めて、纏めるという作業が必要になってきます。それを実現するという意味でも、大学の教員が目標です。大学に戻ってもチームの活動はこれまで通りサポートしていきます。大学から学生を派遣したり、チームのスタッフからの要望に対してより科学的にそういったアプローチをしたり、整った環境でさらに今の仕事を深めていきたいです。

本当は東京五輪が終わって、パリともう1サイクルを最前線で活動することも考えてはいましたが、現実的には難しいことなので、いまの経験を鮮度が落ちる前に若手に伝えてあげたいと思っています。少しずつ準備を進めています。

プロフィール

大徳 紘也(ダイトク ヒロヤ)・・・
空手道ナショナルチームアナリスト/大東文化大学 空手道部監督
2016 年 3 月:大東文化大学大学院 スポーツ・健康科学研究科 修了(スポーツ科学修士)
同年 4 月:大東文化大学 健康科学科 研究補助員入職
2017 年 10 月:日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス・サポート事業入職
2019 年 6 月:大東文化大学 空手道部監督就任
2020 年 4 月:日本オリンピック委員会 空手競技強化スタッフ(医科学)委嘱