格闘技界に恩返し!ハンドラップに情熱を注ぐ~鍋久保雄太さん~

鍋久保雄太さんは現在、修斗ジム東京のインストラクターとして活動しながら、ハンドラップのお仕事もしています。今回は、「選手ファーストであり続ける」鍋久保さんの想いを伺います。

「手に職をつけてみたいと考えたとき、自分の経験を生かしたいと思いました」

――鍋久保さんのレスリングから総合格闘技の世界へ転向した経緯をぜひ教えてください。

鍋久保 僕は、小学1年生から社会人1年目までレスリングの選手をしていました。大学卒業後も北京オリンピックを目指して活動していましたが、社会人1年目でレスリング選手としての活動に一区切りをしました。たまたまそのタイミングで出会ったのが総合格闘技で、大学の先輩に誘われ挑戦してみることにしました。
それまでも総合格闘技を知ってはいましたが、自分でも思わぬ転向でした。それまではレスリング一筋だったのですが、これまでの経験を生かしながら競技ができると思いチャレンジすることにしました。
しかし、ずっと格闘技の世界にいたわけではなく、格闘技から離れていた時期もあります。その時は柔道整復師の資格を取り、整形外科のクリニックで10年程勤務していました。

――ありがとうございます。インスペクターの仕事を始めたきっかけを教えてください。

鍋久保 所属の修斗ジム東京で練習再開したことが大きかったです。現在はインストラクターとして所属をしており、プロやアマチュアで活躍したい選手の育成に務めています。
修斗ジム東京へ所属したのは37歳前後くらいだったと思います。その時から選手として第一線で活躍したいと思うよりも、修斗ジム東京所属の選手をもっと強くしたいという想いがありました。自分が還元出来る事として、インスペクターという仕事を知りました。講習会があることを知りそこに参加することでそこから格闘技興行の手伝いをするようになりました。
講習会やインスペクターの活動の中で、ハンドラップという技術を知りました。選手の拳を保護する目的で実施するものなのですが、柔道整復師が行う固定の技術と、これまでの経験からテーピングを巻く技術が生かせると考え、ハンドラップの勉強を始めました。

選手、そしてバックアスリートへ。今度は格闘技業界に恩返しをしたい

――レフェリーのお仕事もされているとのことですが、幅広いですね!

鍋久保 ありがとうございます。レフェリーに関してはまだまだ勉強中です。いつも僕が大切にしていることは、「なぜこの判断をしたのか」ということを説明できるように心掛けています。試合ごとに状況は違いますし、判断が難しいケースは多いです。これからも経験を積み、どんな状況でも論理的に正しい判断をできるようにしていきたいと考えています。
僕は格闘技の中で育ってきたので、今度は「格闘技界に恩返しをしたい」という想いが根底にあります。昨今、レフェリーをやりたいという方は減っていますが、競技を行うにあたりレフェリーは必須なので、この活動を通じて格闘技界に貢献していきたいと考えています。

――ハンドラップの仕事をされているなかで大切にしていることや心がけていることを教えてください。

鍋久保 選手が100%安心してパフォーマンスが発揮できるような環境を整えることが重要だと考えています。ハンドラップに関しては、綺麗に巻けることが重要なのではなく、目の前の選手が「何を求めているのか」「どうしたら100%のパフォーマンスを出せるのか?」を常に意識しています。
特に、ハンドラップを行っている際は選手とのコミュニケーションを大切にしており、特に選手がリラックスできるように心がけて接しています。

――鍋久保さんの1日のスケジュールをぜひ教えていただきたいです。

鍋久保 曜日によって全然違いますが。ハンドラップの依頼を頂いた際は、試合前にバンテージを巻きます。
その際も試合時間から逆算してハンドラップを行う時間を計算しておきます。

海外と比べるとハンドラップの仕事は「役割」と「働き方」が違う

――ハンドラップについて、海外と比較したときに日本との違いはどんなところにあると思いますか?

鍋久保 そうですね…。海外と日本の違いを考えると大きな違いは2つあります。
ひとつは役割。海外の興行でバンテージを巻く職業は「カットマン」が実施することが多いと聞きます。日本とは違うのは、ハンドラップ以外にも「試合中の傷の処置」も仕事です。例えば、格闘技中に選手が膝や肘が当たり目の上を切ってしまった場合の止血作業を行うのはカットマンの仕事です。日本では、ケガの処置や止血剤を扱うことは、医療行為に当たる場合も多いです。
もうひとつ、大きな違いになっているのは、働き方の部分ではないでしょうか。僕は海外のカットマンと数人コミュニケーションを取ったことがありますが、興行主/プロモーター、選手に直接雇用されている方もいらっしゃいました。日本人では競技運営団体を通して契約をしているので、直接雇用が少ないことも理由としてあるのかもしれません。
また、ボクシングやキックボクシングの試合では、セコンド(指導者)が選手にバンテージを巻いていることが多いと思います。

――海外と日本では活動の幅も違いますね。指導者がハンドラップを行う以上、そこに技量が試されますよね。

鍋久保 そうですね。ハンドラップは、少しコツが必要だと思いますが、身につけようと思えば誰でもできると思います。その為ハンドラップの技術はたくさんの方に知ってほしいと思っています。
知り合いの指導者にハンドラップの説明をすると「いや、こんなに綺麗に巻けないですよ」とよく言われますが、それはちょっとしたコツを知らないだけです。選手のパフォーマンスを100%発揮させるためにも、巻けるようになっていたほうが良いと思います。
そういった想いがあるので、ハンドラップの大切さを理解してもらえた時、嬉しいと感じます。過去に会った知り合いの指導者が「ハンドラップの巻き方を教えてほしい」と言ってもらえた事もあります。この経験は、今でも大変印象に残っています。

ハンドラップの巻き方の研究を続ける日々。当たり前の技術だけでは成長できない

――日頃、どのような努力をされているのでしょうか?

鍋久保 あえて今まで巻いたことがない巻き方で練習したりしています。いつも行っている手に馴染んだ巻き方だけで行っていると、技術の成長は止まってしまうと思っています。包帯やテーピングの大きさや種類など使用する材料を変えてみたり、テープの巻き方も右巻きを左巻きに変えてみたり、利き腕とは逆の手で試みたりと練習を積んでいます。
理由としては、どんなシチュエーションでもハンドラップを実施できるようにするためです。海外の興行などでは思わぬ状況が出たり、巻き順まで指定されることもあるかもしれません。何が起きても動じないように、どんな状況でも最善を尽くせるように日頃から準備しています。

――選手の要望に応えることは大変だと思いますが、やりがいに感じていることはありますか?

鍋久保 やりがいに感じる瞬間は、選手からの感謝の言葉を掛けてもらえたときですね。神経質な選手は、「こう巻いて欲しいほしい」という要望がありますし、全面的に任せてくれる選手は「どんな巻き方でも良いです」と言われることもあります。
僕はどのような選手に対しても、選手に安心感を与えたいので、なるべく声を掛けるように意識しています。「もう少しきつく巻いたほうが良いですか?」「緩い方がいいですか?」と、選手にとって最善のものを作るようにこころがけています。選手から「めっちゃいいですね!ありがとうございます」言ってもらえたときは本当に嬉しいです。

選手と向き合い続け、格闘技業界に自分ができることを考える

――ハンドラップを巻くのは試合前。戦闘態勢に入る直前だからこそ、プレッシャーに感じていることもあるかと思います。選手へどう向き合っているのでしょうか。

鍋久保 選手と向き合ったとき、即座に選手の空気(状況)を読むことを心掛けています。ハンドラップを巻いている間に戦う気持ちを作る選手もいますし、まだまだリラックスしている選手など人それぞれです。そこは、自分なりに選手の空気を感じながら巻いていくみたいなスタイルで作業をしています。
それは海外の選手でも同じで、試合前の選手の空気の作り方は十人十色です。スタイルは選手によって違うので、いつも100%で向き合うように心掛けています。

――今後、格闘技の業界はどうなっていくと良いと考えますか?

鍋久保 もっとハンドラップに興味をもつ方が増えてくれること、ハンドラップを巻くことが当たり前になればいいなと思うのが一番です。しかし、極論を言うと、選手や格闘技団体の人口が多くなればなるほど僕たちの価値も生まれるので…裏方だけで盛り上げるというのは正直、難しいところです。
やはり選手自身が影響力をだせると良いと思います。
影響力があれば、そこに人が集まり、求める人が多ければ価値が生まれてくると思います。

「格闘家が格闘技をやってよかったと思えるような輝ける環境作りに携わりたい」

――ぜひ今後のビジョンを教えてください。

鍋久保 選手が格闘技をやっていて良かった!と思えるような環境作りに携わりたいと思っています。選手の中には、目標を達成できる選手もいれば、自分の目標を達成できない人もいる。明暗が分かれるのはすべてのスポーツで同じことだとは思います。ただし、自分の選択に後悔の無いような環境づくりをしていきたいと考えています。
その為にひとつは、格闘技の興行を行うこと。もうひとつは、格闘技ジムを作り選手育成を考えています。格闘技界に恩返しをしたいという想いが根底にあるので、今後の目標として考えています。

――バックアスリートを目指す方に向け、メッセージをお願いします。

鍋久保 アスリートと比べると、僕たちの仕事は華々しいものでも、称賛されるものでもありません。泥臭い仕事もありますし、自分の活動に注目されないことの方が圧倒的に多いです。ただ、僕たちのような「バックアスリート」がいないと、アスリートは輝くことができないことも事実で、その逆もしかり。アスリートが表現してくれるからこそ、僕たちの活動が評価される部分があるので、お互いに支え合っていければと思います。
僕の根底は「選手ファースト」です。目の前の選手や、業界の選手が少しでも良くなってほしいという想いで、自分のスキルを高めています。そういう人がもっと増えてくれたら嬉しいです。僕もまだまだ未熟ですがともに頑張っていけたらと思います!

プロフィール

鍋久保 雄太(なべくぼ ゆうた)
幼少期にレスリングをはじめ、社会人1年目まで活躍。
その後、総合格闘技に転向。
競技引退後は、整形外科クリニックに努めるなどを経て、現在、修斗ジム東京でインストラクターとして活躍されている。