管理栄養士として他領域の専門家と連携を図りながら選手を支える~高倉弥希さん~
毎日の食事は体を動かすエネルギーになり、欠かせないものです。今回は、『食事』の面でアスリートを支えている、管理栄養士・高倉弥希さんにインタビューをしました。選手の健康、体力の維持や向上のために日々、並ならぬ努力と試行錯誤をしながら奮闘している高倉さん。憧れる人も多い栄養士という職業ですが、そのお仕事の現状、そしてこれからを担う学生さんへ向けて熱いメッセージを頂きました。
目次
管理栄養士として活動しはじめた経緯
――森永製菓トレーニングラボの管理栄養士として活動されている高倉さんですが、今に至るまでのきっかけをぜひ教えてください。
高倉 私は、小学4年生からテニスをしていて、はじめはプロやコーチになる夢をもっていました。中学・高校も強くなりたいと思い、アメリカのアカデミーでレッスンを受けたり、部活動以外にもスクールに通ったりとテニスに明け暮れていましたが、高校の進路を決める時、きっかけになったのは、母が食事の面でサポートをしてくれていたことです。試合の前は「炭水化物食べなきゃダメだよ」と、食事を出しながら言ってくれたり、部活動が終わった後のスクールは、夜遅い時間だったので、練習後すぐにご飯を食べられるように、お弁当を詰めてくれていたりしました。
母は栄養士でも調理師でもないですし、私に栄養の仕事をしてほしいと思って尽くしてくれていたわけではないと思いますが、そんな母のサポートに憧れて、栄養士を目指すようになりました。きっかけがテニスだったので、管理栄養士の資格を取ってからもスポーツの現場で働きたいなと思っていました。しかし実際、スポーツ栄養士という仕事は狭き門で、働こうと思うと具体的な仕事は少なく、就職活動のときには、「管理栄養士としての現場スキルをしっかり積まなければスポーツ栄養ではやっていけない・・・」と思い、最初は病院で働くことを選んだ経緯があります。
食事の提供や栄養管理、栄養指導を働いて学びながら、スポーツと関わりたいという気持ちはずっと持ち続けていたので、スポーツに関わることには常にアンテナをはって、セミナーや学会に参加していました。そうしていく中で、大学の恩師からスポーツ栄養指導の仕事を紹介してもらい、現場での実務も少し経験したところで、森永製菓トレーニングラボが栄養士の募集をしていることを知り、2019年7月に入社し約1年半勤務しています。
管理栄養士としての業務内容
――どのようなお仕事をされているのか教えてください。
高倉 基本的にはサポート選手にとって大切な試合や競技目標のために、体調をどうコントロールするか、身体を強化するためにどのような栄養補給をするか、試合当日の栄養補給戦略はどうするか等を、選手本人やトレーナーと一緒に相談しながらサポートしています。細かく献立を立てたり、選手の生活に合わせてメニューの提案を行ったりもします。
私が担当させてもらっているサポート選手は、年齢も競技もバラバラで、関わり方も色々ありますが、現状9名、メインでサポートしているのが7名です。頻繁に会えているのは3名くらいで、競技によってはオフシーズンだけ関わっている選手もいます。拠点が遠方の選手には、主にリモートミーティングや、LINEで連絡を取っていますね。今はこういうご時世(新型コロナウイルス蔓延による活動制限)なので、直接会えていない選手でも月1回ぐらいはオンラインミーティングを行っています。1人の選手に対して栄養士1名、トレーナー1名が担当して、定期的に栄養とトレーニングの両面で、目標に向けて話し合い、取り組んでいます。
遠隔でサポートしている選手ですと、栄養面の相談が多くなる選手もいます。もちろん、ラボにトレーニングに来る選手に対しては、トレーニングのセッションを見させてもらったり、トレーニング前後で直接コミュニケーションを取ったり、その時々の状況に応じてコーチングに務めています。現在、ラボがサポートしている選手はオリンピックを目指している方が多いです。私はフィギュアスケート選手も担当していますが、北京冬季五輪に向けて、サポートをしています。オリンピック競技以外の選手も、もちろんいらっしゃいます。選手の目標に向けてサポートをし、一緒に目指していく仕事です。
―――お仕事をしている上で大切にしていることや、留意している点を教えてください。
高倉 「質の高い指導」をしていかないといけないなと常に思っています。選手やその保護者から質問があった時に、的確で正しい情報を伝えられるように意識しています。分からないことや気になることがあった時は、論文などを読んで科学的根拠を調べています。選手も栄養士である私も、そしてトレーナーもそれぞれプロフェッショナル同士であり、責任感もかなり必要だと感じています。
選手が現在どのような状況で、どのように声を掛ければいいか、選手にとってのベストな関わり方を常に考えています。日々葛藤し、試行錯誤のサポートになることが多いです。競技特性によってエネルギーの消費量や強度の違い、目指していかなければいけない身体はそれぞれ違いますし、それ以外にも競技文化や生活環境などもすごく重要だと思います。選手の周りには、我々栄養士とトレーナー以外に、競技のコーチや、場合によっては保護者がいらっしゃいますが、コンディショニングや栄養面について、周りの生活環境の影響が大きいと感じています。食事は毎日必ず人間として行う営みなので、良くも悪くも気持ちの部分、心理学要素も関係していると思います。
弊社トレーニングラボに所属している専門職は、トレーナーと栄養士ですが、必要に応じて他の専門職との連携も行います。現状ではスポーツドクター、アンチ・ドーピングに関してスポーツファーマシストとの関わりがあります。メンタルトレーナーのサポートを受けている選手も中にはいるので、具体的には連携をとっていませんが、サポート従事者の横の繋がりは重要になることもあると思います。
選手の日々の食事調理を担当される支援者の方へのアプローチは、栄養サポートの大きな部分の一つです。私はまだ若く、栄養士の中でもベテランという感じでは見られないのと、選手の支援者の多くは自分の母親父親と同じくらいの目上の方で、コミュニケーションのとり方にはとても気を付けています。だからといって年下の人との関わり方に気を付けていないわけではないですが・・・敬意や誠意を持ってコミュニケーションを取らせて頂いています。一見難しそうなサポート状況下でも、このコミュニケーションがうまくとれているときは、サポート全体が順調に取り組めているように思います。
―――うまくいかなかった点、サポートをする上で、難しい点はありますか?
高倉 トレーニングラボに通っている選手は、直接会ってコミュニケーションをとれますが、遠隔でのサポートは難しいなと感じています。例えば、些細な体調や気持ちの変化があまり見えず、気づいたときには大事になってしまっていて、もっと早く気付いてあげられれば、何か対策ができたかもしれないなと反省することもあります。何気ない会話や不意に見える表情、声のトーンなど、普段から直接会っていれば察することができるけれど、それができないので、「いかに要点を聞き出すか」もそうですが、遠隔でもアイスブレイクといいますか、何気ない日常会話も織り交ぜながら・・・とはいえ、選手のほとんどが多忙な日々を過ごされているので時間は限られていて・・・これが難しいなと思います。
管理栄養士としての想いとやりがい
―――栄養士としてアスリートに関わる中で、やりがいや最高だった経験を教えてください。
高倉 上手くいくことばかりではありませんが、選手やその周りの支援者の方々から、感謝の言葉をもらったときです。また、サポートした選手の進歩が見受けられた時は、やりがいを感じています。最高の経験はまだないです(笑) サポートに関わらせてもらった選手の「勝利」目標達成を一緒に喜べる日がきたら、それが最高の経験になるかなと思います。ただ、私たちがサポートしたから「勝った」というのはすごくおこがましいというか、ひとつのピースであったとしても、やっぱり一番の勝因は選手自身の力なのではないかなと専門職として思っています。
自分のモチベーションにも繋がった経験は1つあります。ある選手のサポートに、その選手が高校3年生の時から関わらせてもらっていて、大学に進学した時、履修科目に「栄養学」を選んでくださっていると聞いたときです。成績が振るわなかったこともあった選手だったので、その選手にとって栄養のピースがネガティブなものではなく、ポジティブなものだったということにとても嬉しく思い、ここまでやってきて良かったなと思いました。
今後の課題は、いかにイレギュラーな状況に対応していけるかだと思います。新型コロナウイルスのように、あらかじめ立てた計画が崩れることもあります。質の高い計画も勿論大事ですが、計画通りにいかないことを想定して、選手自身が調整できるようにコーチングすること。この課題に、今後もっと力をいれてやっていきたいなと思います。
今後スポーツ界に期待すること
――これから期待したいこと、もっとこんな風になったらいいなと思うことを教えてください。
高倉 ただ“スポーツする”そしてそれを“サポートする”だけでは、この先広がらないのではないかなと感じています。選手が結果を残すことで、注目してもらえたりだとか、そのスポーツをやりたい子どもが増えたりだとかになっていくと思いますが、このコロナ禍で多くのアスリートが、一時は仕事を奪われてしまったと思います。そんな中、我々サポート側として、アスリートと一緒にスポーツの価値を広げていく取り組みが何かできないかと日々考えています。
例えば、ジュニア世代の育成や社会貢献にも繋がるような取り組みを、アスリートと一緒にやっていければアスリートの価値もより認知されると思いますし、『スポーツ』という大きな類の繋がりで、社会にいい影響を及ぼしていけるのではないかと思います。現在、マウンテンバイクの選手をサポートさせてもらっていますが、その選手は選手以外のお仕事としてアカデミーの事業もされており、ジュニアの自転車教室で「トレーニングラボのトレーニングと栄養のプログラムを、子どもたちのために一緒にやりませんか?」と声をかけてくださいました。
いま本格的に準備を進めているところです。このように、アスリートと一緒に何かをするということは、あまり例がないことですので、先駆けになればいいなと思っています。スポーツを通じてアスリートと一緒に繋がって、いいインパクトを出せるような取り組みをしていければいいなと思っています。
―――バックアスリートを目指している学生さんへ向けて、メッセージをお願いします。
高倉 私が歩んできた道も、偶然という面も多々あり、これをやれば必ず栄養士としてスポーツに関われるよ!という風には言いにくいところがあります。私自身の経験から言うと、やはりスポーツが「好きなこと」だったので、興味を持ってもっと知りたいと行動しているうちに、様々な繋がりができました。人脈は、すごく重要だなと思っています。自分の中で抱えている気持ちは、閉じ込めていると勿体ないと思います。
例えば、外に出てセミナーを聞くだけでもいいですし、どこかの部活動の門を叩くでもいいですし、行動起こすことは重要だと思います。学生の間は概ね自由がきくと思うので、動ける間にたくさん動いて、勉強をやりたいだけやって、とことん目標を目指していけるのではないかなと。振り返れば、私も自問自答しながらやっていたのと、正解はないと思いますが、強い気持ちを持つというところが重要なのかなと思います。私が就職活動をしている時には、スポーツ関係の栄養士の新卒採用はほとんどなかったと思います。
私のまわりや先輩も、はじめは管理栄養士としてスキルを積んでいる方が多いように思います。そこからは、フリーランスで働いている人もいれば、私のようにスポーツサプリメントを扱う会社に所属して働いている人など。私の場合は、現職の募集が出ていることを一緒にスポーツの仕事をしていた方に教えてもらって、応募して、採用してもらったシンプルな流れでしたが、定期的に募集しているわけでもないですし、本当にご縁に感謝しています。でも、採用していただくことが決まった時は、ずっと気持ちを強く持ち続けて行動していて良かったなと思いました。
―――ご自身を振り返って、伝えたいことはありますか。
高倉 実際に自分がやりたかった仕事に就けた時、すごく嬉しかったし、モチベーションもあって最初はそれが原動力でしたが、理想と現実とのギャップは少なからずありました。現場に出て、自分の未熟さを改めて突き付けられることもありますし、心が折れそうになることも多いです。うまくいかなくて落ち込んだとしても、いかにモチベーションを高く持ってやっていけるかがポイントかなと思います。私自身もまだまだ成長段階で、アスリートにもっといい影響を与えるサポートを追求していきたいと思っていますが、分厚い壁に当たった時の対処法や、うまくリフレッシュする方法も重要かなと。これは栄養士に限らず、全ての人に何に言えることだと思います。
「アスリートに関われていいね」という風に言われることも多いですが、現実はもっと過酷で、生半可な気持ちではできない仕事です。それでも、やっぱり私はスポーツが好きで、やりがいも楽しさもとても感じています。今、目指している学生さんには、強い気持ちを持って歩み続けて欲しいなと願っています。
プロフィール
高倉 弥希(たかくら・みき)
武庫川女子大学卒業 管理栄養士
2017年4月~2019年6月 管理栄養士として病院勤務(給食・栄養管理・栄養指導)
2019年7月~管理栄養士として森永製菓株式会社トレーニングラボに勤務(現職)
【サポート歴】
2018年4月~2019年3月 スポーツ内科外来での栄養指導業務(主に陸上競技選手)
2019年7月~現職にて
フェンシング(フルーレ)/ フィギュアスケート/ バドミントン/ バスケットボール/ ゴルフ/ マウンテンバイク(ダウンヒル)/ 芸能人マラソンランナー/ 野球/ テニス/ トランポリン