インタビュー

スポーツで社会の変革を促す先導者になる~小林忠広さん~

28歳という若さで、特定非営利活動法人スポーツコーチング・イニシアチブ(SCI)を設立し運営をしている小林忠広さん。少しずつ各地での取組みが広がっている「ダブル・ゴール・コーチング」の普及者でありながら、経営者としては自分を実践者だと語ります。「スポーツで育み、共に未来を作る」明確なビジョンを基に、ひたむきに挑戦し続けている小林さんに迫ります。

Positive Coaching Alliance(PCA)との出会い

―――小林さんは、Positive Coaching Alliance(PCA)のプログラムを日本に持ってきた第一人者だと思いますが、どういった経緯で出会いましたか。

小林 Positive Coaching Alliance(PCA)という、アメリカの非営利活動団体が広めている「ダブル・ゴール・コーチング」に出会ったのは、僕が大学生の時です。日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを当時務められていた中竹竜二さんのワークショップにアシスタントとして携わっていた時になります。2014年にPCA創設者のジム・トンプソンさんが来日される機会があり、その対談の中ではじめて「ダブル・ゴール・コーチング」という考え方を知りました。

「ダブル・ゴール・コーチング」は、勝つことを応援するだけではなく、「成長マインドセット」を身に付けることに重きを置いてアスリートを養っていくことです。スポーツを通じ、人生で使えるような重要な学びを教え、その結果で勝っていくという、両側面の支援ができるコーチングです。日本では勝利至上主義という言葉があり、「勝つ」か「負ける」か、もしくは「勝つ」か「遊び」という議論になってしまいがちですが、この考え方は両方をやっていくスタンスで、スポーツ心理学に基づいた根拠ある内容をメソッドに落とし込んでいます。

当時、僕は中学生ラグビーのコーチも務めており、選手たちの特性を引き出すようなコーチングや、スポーツ本来の楽しさ、アスリートがもっと自分を表現できないかを考えていた時だったので、勉強すればするほど、ここまでわかりやすく、現場の指導者が困っている悩みに対してスポーツ心理学に基づいた行動を促すことができるものは、日本には無いと思いました。ダブル・ゴール・コーチングが広まれば、日本のスポーツ環境がすごく良くなると考えました。

※「成長マインドセット(Growth mindset)」はアメリカの心理学者:キャロル・S・ドゥエックが提唱している「人間の基本的資質は努力次第で伸ばすことができる。」という信念。

―――ダブル・ゴールの考えを組織として日本で広めていこうと思われたきっかけは、どこだったのでしょうか?

小林 自分自身がスポーツをやるところから、スポーツを使って社会に貢献したいという軸に移ったというのが大きな転機だったと思います。高校の頃、スタディーツアーでカンボジアに行く機会があり、そこでスラム街に行って現地の方と話をしました。スラム街の小さな家に住んでいるお母さんが、「自分はエイズです」と話します。「街へ稼ぎに行った夫が病気を移され、息子と娘までエイズになってしまった。夫は蒸発し、稼ぎがないからご飯が食べられないし、死ぬしかないです」。息子も娘も大人になれないと泣きながら言われたことが、ものすごく衝撃でした。

自分はラグビー部で、全国大会(花園)に行きたいという小学校からの夢を叶えることができて幸せでした。その裏で苦しんでいる方がいるというのはなんとなく知っていましたが、いざ社会課題に対面した時、自分は無力でした。周りの人に感謝をしながらスポーツをすることはできても、それ以上に自分自身が社会の問題に力になれてないということが衝撃でした。もうひとつは、カンボジアから帰ってきて間もなくに、東日本大震災が起きたことです。日本で苦しんでいる人がいる。

自分のためのスポーツをするより、何かをしたいと思いました。カンボジアと違い、貢献できるかもしれないと考えて被災地のボランティアに参加しました。泥かきをしましたが、どれだけ頑張っても、8人の男手は必要で、1軒しかできませんでした。泥かきをした家は綺麗になりましたが、隣の家はぐちゃぐちゃのままでした。ボランティアは1日だったので、あとは放置して帰らなければいけませんでした。本当に社会を良くするとか、有事の際に立ち上がる人たちを増やすためにはまず教育から変えなければいけないと思いました。社会のレベルを高めていかないと国は良くならない。

自分のできる範囲は限られているなと感じ、その後、教職課程を取りました。文科省へ行くことも考えましたが、人の顔を見て仕事をしたい、現場と直接関われる仕事を選択したときに、僕の中ではやはりラグビーが浮かびました。僕はゴルフが身近にある環境で生まれ、小学校から高校までラグビーで育った人間なので、スポーツ界に恩返しをしたいと思っています。スポーツを軸に、事業という輪をこれからも広げていく。僕のラグビー部のコーチはどちらかというとプッシュ型で指導者中心のコーチングでした。

もちろん得た経験は大きく、いま自分のコーチングになるきっかけになり感謝をしています。しかし、ダブル・ゴール・コーチングに出会い、そうではないスポーツ教育をすれば、スポーツを通じて、社会の基礎を温めることができるのではないかと考えました。僕はラグビー部の主将をしていたことで機会に恵まれましたが、勝利至上主義の下でスポーツをして試合に出られない、指導者からも評価してもらえないという陰日向にいる方たちにしてみれば「自分は価値がない」と思い込んでしまう人もいます。

スポーツはみんなのものですし、文化になっていくためにはスポーツ指導が変わっていく必要がある。ダブル・ゴール・コーチングにより、望ましいスポーツ指導を受けた人が親になり、子ども達へ教える。そこで1周するので、考えれば20年くらいかかります。こういう社会の循環をいかにはやく起こすことができるかというのをやっていきたいと思います。ハードルは高いですが一生をかけてもいいテーマです。

NPO法人スポーツコーチングイニシアチブの想いと活動内容

―――実際に活動されてから感じた、やりがいを教えてください。

小林 SCI は2017年1月からはじめ、4年目になります。いまでは自分と同じようにスポーツ指導の現場への強い問題意識と志をもっている方々が集まってきてくださっていると感じています。僕達のビジョンは、「スポーツで育み、共に未来を作る」こと。具体的には子ども達が自ら可能性に挑戦でき、それを応援する大人が増えていくことを目的としています。その結果として、子ども達がスポーツを通じて育ち、社会で活躍することを目指していきたい。そのビジョンはいま、忠実に実現できていると思います。

参加してくださる指導者の方々に、「あなたたちがいないと日本のスポーツ教育は良くならないよ」など、温かい声をいただき、やりがいを感じています。僕たちの在り方、目指していることに共感いただける方々が少しずつ増えているのは嬉しいことです。やりがいを感じたエピソードはたくさんあります(笑)ワークショップが終わった半年後に、「あれ、今も続けています。チームが変わりました」などと報告を頂き、自発的にできるコーチングを提供できていると後から分かった時などは喜びが格別です。

また、北海道の安平町でNPO法人アビースポーツクラブを中心とした安平町のコーチや保護者の方々に2年間継続的に関りを頂いていますが、コーチ自身が凄く変わったといってくれた方もいます。他にも指導者の方から、「日常生活でも、子ども達の良いところを見つけられるようになった。何をどうさせるかより、褒めることができるようになった。そしたら、子どもたちも自分から話すようになった」すごい反響がきた、と教えていただきました。ハウツーをやることは簡単ですが、この方のようにアクションを自分で噛みしめて、在り方に起用でき、少しずつ色々なところで良い影響になって出てきているということがなにより嬉しいことだなと思っています。

―――ダブル・ゴールのアプローチの方法として、主な事業を教えていただきたいです。

小林 大きく4つの事業領域で活動しています。質も大事ですが、僕たちはスケール、社会を変えることにアプローチをしてきたいと考えています。質とスケールのダブル・ゴールです。笹川スポーツ財団のスポーツ白書2020によると、現在は全国120万人の指導者がいます。そこで、長期的には10人に1人に、SCIのサービスが行き届いている状態をつくり、2025年には年間1.2万人、そして全国7拠点でダブル・ゴールを体現している指導者が全国拠点にいるというような事業計画を描いています。

そのために、この4つの事業領域を形成しています。ひとつは「アカデミー事業」です。スポーツ指導者向けのワークショップや、人材研修、企業への研修を提供していくことを目指しています。アカデミー事業を知っていただくためにはアウトリーチが必要です。クラウドファンディングや、本の出版などを行っていますが「情報発信」をすることです。スポーツ指導を学び直すことに興味を持っている人を増やしていく、「アウトリーチ事業」を行っています。

また、学んだことをすぐに実践にできる方もいれば、一方でできない方もいると思います。例えば「保護者と対立しています」、「自分はユースコーチをやっていますが、監督が厳しいです」とか、「子ども達がうまくマネジメントできないです」、「学校の規則があるので難しいです」など、様々な理由があります。ノウハウが分かっても1人では実現が難しい。それに対してサポートをしていくことで描いているビジョンを達成できるような「チームサポート事業」を併せて行っています。

最後に、自分だけだと指導や教育への熱・焚火を燃やし続けることを支援する事業として、実践者・共感者同士と共に支えていく「コミュニティ事業」を行っています。そのコミュニティから指導者や、保護者、アスリートたちがどんどん増えていく。そういった方々と自分たちでダブル。ゴールを体現していくことで、さらに興味を持った人たちが、その他の事業に興味を持っていただき、SCIの事業の輪に参加してくださる。

この4つのサイクルの事業を展開していくことで、質とスケールの両方を担保としていきたいなと思っています。今までダブル・ゴールを中心に話をさせて頂きましたが、僕たちはこのコーチング方法が全てではないと思っています。ダブル・ゴールはひとつの手段だと思っていて、様々な方がスポーツの在り方に興味を持って広げていかないと社会は変わらないと思っています。

僕らは「ダブル・ゴール領域」という1つの軸として考えています。「スポーツコーチング・ラボ」というオンラインで学びの場を作り、イベント的に行っていますが、そういった活動に入ってきてもらうために、様々な機会を提供し、可能性を増やしています。そこで興味をもってもらう方もいれば、例えばチームがやっていくうえでの栄養や心理的なアプローチも欲しいなど、チームサポートや団体、他のメソッドに興味をもつ方もみえます。

企業として収益を確保しながら行い、例えば「ファン・エンゲージメントをしたい」など、僕らの領域じゃない相談についても、プロの方と連携していいチームを作っていくことを今後、実現したいと思っています。みんなでスポーツの基礎基盤をよくしていくことをやりたい。それが僕らの強い想いです。

日本のスポーツ指導教育の現状と今後について

――NPOの代表として、コーチや日本の指導教育の現状をどう捉えていますか。

小林 組織はビジョンの下、必要な事業を展開していくものです。ビジョンに一番近く、社会課題を理解している方が代表をするべきだと考えます。アイコン的に外で喋れる人が代表であり、僕が必ずしも代表をやり続けたいと思っているわけではありません。社会を変える上で、今は僕自身がやったほうが、SCIの事業を前に進めることができ、社会の変革に寄与できると思っていますが、どこかで変わるタイミングがあるかもしれません。

僕自身は会社もいくつか経営しているので、現場に立つということをこの3年間出来ていませんが、ありがたいことに現場の指導者に支えられています。最近、コーチや日本の指導教育の現状は明らかに変わってきていると感じています。4、5年前、コーチングという言葉が広がり始めた時に「スポーツコーチング」という団体名をつけたのも、「スポーツコーチング」という名前を広めていきたいと思ったのが理由です。

また、「イニシアチブ」と名前づけたのも、僕らが先導者となって火をつけて、みんなで変わっていくようなイメージを持っていたからです。事業をはじめたときは、「指導を学べる場がないよね」とか、「知らない指導者同士が話す機会がないよね」という声が結構大きかったです。今もまだこのような課題は顕在的にありますが、そういった場が多くできてきたので、こういった先導をとれたことが1つの成果だと思っています。

僕らNPOのエビデンスをもってスポーツをよくすることで、「健康のリスクや課題が減ります」、「学習意欲がこれくらい叶います」、もしくは「将来的に企業で稼ぐ力がこれくらい上がります」など、そういったデータを様々な団体とコレクティブに力を合わせて提示していき、スポーツ指導を良くしていくイニシアチブを作っていこうと考えています。そのために僕らが模範となる人物を増やすとか、ロールモデルになりたいと思っている方々の後押しをすることで、そういった熱を高めていきたいなと思っています。

経営について、僕はゴルフ場を運営していますが、もっと地域の方の産業拠点とか、地域の方同士で使える場所にできたらいいなと思っています。経営にもダブル・ゴール・コーチングの考えが活きていると思います。会社のビジョンとしての収益を考えたり、SDGsの観点が加わったり、組織のマネジメントもだいぶ活かせているなと思います。ただのコーチングだけではなく、人のモチベーションを上げるなどです。組織としてのわかりやすい成果ではなく、努力や学びとしてがんばったときにちゃんと褒めるということすれば、組織としてよくなっていくということをスポーツ以外にも感じます。考え方は普遍的であり、応用性があるなと思います。

―――これからBack athleteを目指す方々へメッセージをお願いします。

小林 ぜひ興味がある方は、SCIへのインターンシップに応募していただきたいです。通年で募集しています。僕たちの活動を一緒に行うことを通じて、Back athleteを目指している方を育てたいと思っています。言葉選ばずに言うと、必ずすごい力が身に付くと思います(笑)。アスリート、子ども達を支援することにやりがいを持っている方、僕がお伝えした、社会の在り方や課題意識を共感できる方と手を組んでやっていきたいと思っています。

僕自身も学生時代にラグビー協会やオリンピック委員会、デロイト・トーマツベンチャーサポート等で、インターンシップをした経験が今に繋がっています。何か違和感を持ったとか、自分が「こういうことをやりたい」と思ったら、二の足を踏まず、とにかく色々なところに飛び込み、はやく社会に貢献できたらいいなと思います。そういったことを僕たちがお手伝いできればと考えます。

僕たちがいま、心掛けていることは「体現者にならなければいけない」ということです。何が体現者かというと、ダブル・ゴールを広げたいと言っている人が、シングル・ゴールだったり、結局、マネジメントの方向が成果至上主義だったりしたらおかしいと思うんです。

ありたい社会に対して、まずは自分達がその姿を見せなければいけないと思っています。マハトマ・ガンジーの言葉ですが、「Be the change that you wish to see in the world.」=「世界を変化させたいのなら、あなた自身がその変化になりなさい」僕はダブル・ゴールの普及者ですが、現場のコーチではありません。今も経営者として、ダブル・ゴールを実際に“体現”し、実践しています。

<プロフィール>

小林忠広(こばやし ただひろ)

所属:株式会社セブンハンドレッド 代表取締役社長 / 株式会社住地ゴルフ 代表取締役社長

経歴:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 修了 / 日本ラグビー協会U20日本代表総務補佐、日本オリンピック委員会外部雇用員を経て現職。スポーツ庁・UNOSDPユースリーダーシップキャンプ(YLC)/ マネジメントセミナー参加。

​NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブにおける活動の目的

日本のスポーツ教育の進化と発展できる余地は、日本の底力を高める可能性を大きく秘めていると思っています。スポーツを通じて良い学びや考え方を養うことで、果敢に挑戦して、自分に自信をもって活躍する人であふれる社会を実現します。

-インタビュー

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